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                                 加藤惣平「遥かなる津軽」より

この時期になると決まって、

写真家・加藤惣平さんの「遥かなる津軽」の

一文を思い出す。

「津軽で一度は年を越してみたい。

昭和も終わりに近い62年暮れの29日に

弘前に入った。

元旦。うっかりしていたら、近所のの食堂は

どこも休み。

あり合わせの即席ラーメンで元旦を祝った。

2日、店を開けたいつもの店で、情けない元旦の

話をしたら、店の女性が

「なんで家へ来なかった。水くせえ」と

涙うかべて怒っていた。」


それだけの話である。

でも、「水くせえ」といって涙を浮かべる

暖かさ(人情の濃さ)が津軽にはある。

毎年、今ごろになると、この話を思い出す。


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by kitanojomonjin | 2011-12-29 15:48 | 人生 | Comments(0)

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先日、ラジオで、こんなニュースが流れた。

「米軍とカナダ軍が共同運行する

北米宇宙防衛司令部(NORAD)の発表によれば、

サンタクロースは、北極海から南下、

カムチャツカ半島を南に進み、

日本に到達するものと見られる。」


50年あまり前から、このサービスは、

続けられている。

誤って電話をかけてきた子供に、

当時の司令官がサンタクロースの位置を

教えてあげたのが、始まりだという。


司令部では、

「50年以上の追跡の積み重ねから、

サンタクロースは、世界の子どもたちの

心の中に実在すると確信している」とのこと。


クリスマスの早朝のNHKラジオのニュースだった。


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by kitanojomonjin | 2011-12-28 12:38 | カルチャー通信 | Comments(0)

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面白い記事を見つけた。

(毎日新聞・2011年12月26日付)

日本で現役を退いたブルトレが、

フィリピンに寄贈されて、意外な

人気を集めているという。

去年3月まで、上野~金沢を

走っていた「北国」の寝台車である。


「道路がデコボコなのでバスでは寝ることも

できないが、寝台列車だとゆっくりやすめる」

と乗客には、好評とか。

「北国」に乗りたかったら、南国にいけ

というお話。


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by kitanojomonjin | 2011-12-27 18:02 | 旅の街角から | Comments(0)

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かつて、青森県弘前市に

弘前マリオン劇場という「伝説の映画館」が

あった。

まさに、「ニュー・シネマ・パラダイス」を

地でいく家族ぐるみのこじんまりとした映画館だった。

13年、この映画館を守ってきた岡部由紀子さんが

「あおもり草子」の201号に、思い出を

寄せている。

去年の6月、弘前マリオン劇場の同窓会を

開いたことが紹介されている。

「『同窓会』といっても年齢も地域もばらばら

うまく集まるのか心配でしたが、

当日は多くの懐かしい面々にお目にかかることが

できました。」

最後は、こんな言葉で閉められていた。

「たかが映画館、されど映画館。

「弘前マリオン劇場」は私たち家族にとって、

かけがえのない宝の箱。

二度とあのような映画館は

生まれてこないでしょう。

もし、生まれてきたら、

また、一家で映画の灯を

灯すよ、絶対にね。」

映画への想いが熱いのか

津軽の熱さなのか

たぶん、両方だろう。


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by kitanojomonjin | 2011-12-26 15:00 | 人生 | Comments(0)

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粕谷一希の「内藤湖南への旅」を

読んだ。

稀代の中国学者・内藤湖南の郷里は

十和田湖畔、毛馬内(現・十和田町)であった。

湖南とは、十和田湖の南からとった号だという。


湖南は、前から気になっていた人物である。

こんなくだりが、面白かった。


「湖南の陽性な社交好きは、

湖南の生涯と業績を振り返る際に、

楽しさを倍化させる性格を持っている。」


湖南は、晩年、関西の山荘に引きこもった。

湖南は、関西本線の加茂駅を

降りて歩いてくる人々を山荘の二階から

望遠鏡で観察し、何時ころ、

誰がやってくるといってソワソワしていたという。

このエピソードから、実に、愛すべき湖南の

人となりがわかる。

この湖南が、高橋健三の秘書を勤めていた。

この高橋という傑物を通じて、陸羯南とも

交友があった。

残念ながら、湖南と羯南との間の直接のエピソードには、

いまだめぐり合っていない。

でも、同じ東北人で、人懐こい湖南と、

話好きの羯南の間には、濃い交流が

会ったはずにちがいないのだが。


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by kitanojomonjin | 2011-12-24 17:41 | 人生 | Comments(0)

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先日、ゲルハルト・オピッツのピアノ演奏を

聴いた。

日本を愛する彼は、

東日本大震災にこころを痛め、

プログラムに、こんなメッセージを寄せている。

「皆様が喜びに満ちた人生への

環境を再び整えていく過程の中で、

励ましと希望を与える音楽の言葉を伝えることの

できる機会が、日本でこれからも数多くあることを

望んでいます。」

そして、最後は、こんなことばで、

締めくくられていた。

「音楽は、魂に滋養を与え、心の慰めとなる

天からの贈り物です。」

この日、彼の演奏した

シューベルトのピアノ・ソナタ第19番は

圧巻だった。



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by kitanojomonjin | 2011-12-23 17:31 | クラシック | Comments(0)

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「リンカーンの3分間~ゲティズバーグ演説の謎~」

という本を読み終わった。

こんなくだりが、興味深かった。

「リンカーンの一見沈んだ感じは、

友人たちの心を捉え、

リンカーンへの同情心を引き起こした。

手法的に見れば、これがリンカーン

大成功の一因ともいえる。」

さらに、こう続く。

「ハムレット的ポーズは、人間の深みを

感じさせるものだ。」

こんなくだりもある。

「とりわけリンカーンは専制君主を弾劾する

シェクスピアの言葉からは

その影響を強く受けている。」

リンカーンとシェクスピア

あるいは、リンカーンとハムレット

の関係性を探るのは、面白いテーマかもしれない。

リンカーンは、常に、悩める人だった。


ちなみに、22日(木)のBS歴史館は、

「戦争指揮官リンカーン・知られざる素顔」

というタイトルでリンカーンを取り上げる。 

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by kitanojomonjin | 2011-12-20 16:23 | 人生 | Comments(0)

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先日、津軽に帰っていたら、

羊蹄丸のその後について、

耳寄りの話が、新聞に載っていた。

(東奥日報・2011年12月16日付)

東京・お台場の「船の科学館」にあった

羊蹄丸が、9月松で店じまいした。

そこの「青函ワールド」が、抜群に

面白い。

昭和30年大の青森駅前のりんご市場や

魚菜市場、連絡線の待合室などが

等身大の人形をつかって忠実に再現されている。

近づくと、ぶつぶつと津軽弁のつぶやきが

きこえるというこったものである。

いま、この「青函ワールド」を青森港に停泊している

八甲田丸に、移設できないかという

話が、持ち上がっているという。

予算の問題とか、実現するのに、まだまだ

乗り越えなければいけない課題は

ありそうだが、なんとか実現してほしいものだ。

とにかくよくできているし、楽しいものなのだから。

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by kitanojomonjin | 2011-12-19 12:02 | 人生 | Comments(0)

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(東京・谷中 全生庵の山田良政の碑)

今年は、辛亥革命100年。

孫文を影に日向に支えた山田兄弟のことを

先日、テレビ番組で紹介していた。

山田良政と純三郎。

ふたりは、津軽出身である。

東京、谷中の全生庵に、孫文の山田良政を

悼む碑がある。

山田良政は、革命のさなか戦死した。

同じ文言の碑が、ふるさと弘前市の

新寺町の貞昌寺にもある。

貞昌寺には、弟・純三郎の碑もある。

純三郎は、孫文がなくなったとき、

臨終の席にいた、ただ一人の日本人である。

ふたりとも、もっともっと知られていい人物である。

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(弘前の山田純三郎の碑)

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by kitanojomonjin | 2011-12-12 18:21 | 人生 | Comments(0)

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先日の日曜日、神田の小川町1丁目を

うろうろした。

このあたりに、明治のジャーナリスト

陸羯南(くが・かつなん)の主宰する

「日本」新聞社があった。

今は、残念ながら、何にもない。

唯一、「小川町1丁目」の案内板に

「かつて、正岡子規が勤めた日本新聞社」が

あったことについて触れていた。

この界隈は、印刷所や書店、銭湯があったという。

羯南も、議論に疲れると、銭湯で一風呂

浴びたのだろうか?

急に、羯南が、近く感じられた。


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by kitanojomonjin | 2011-12-08 12:17 | 人生 | Comments(0)