おでんのルーツは縄文? 2016年1月20日

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先日、青森の縄文塾で、

久しぶりに、小山修三先生にお会いした。

とてもお元気そう。

去年秋、ホームページで、「おでんのルーツは、縄文?」という

記事をアップしたら、

大反響だったという。

その内容は、こんな具合である。


「食材加工具は石皿と磨石が主体だった。鋭い石器のナイフもあったが、

刃渡りが短いので切断が主となりスライスするのには適していない。

したがって食材は餅や団子としてまとめられる。肉や魚もミンチやツミレにしたのだろう。」


次に、調理について。

「調理には煮炊きに土器が使われていた。

そのため、住居内に囲炉裏をつくり、そこに大きめの土器をのせて熱する

「鍋料理」になったのだろう。」


問題なのは口に運ぶ道具である。

ここから、小山先生の真骨頂の推理が、展開する。


「ふつう土器のサイズは5~10リットルまでのものが多く、このサイズは煮沸に適している。

しかし、メニューがあつあつのスープだったとすれば、

個人が食べるためのサイズの容器があまりにも少ない。

そういえば鍋から取り分けるためのスプーンも少ないし、

ハシはもちろんなかったはずだ。

モノからわかることは以上である。

調理法としては生のまま、直火であぶる、石焼き、灰に埋める、蒸す、

などももちろん考えられるがモノとしての証拠はほとんどないのである。」


では、縄文人は料理をどう食べたのか。


「とくに口に運ぶ場面がむつかしい。そこで思い浮かぶのは串である。

クシ料理はサテ(インドネシア)、アンティクーチョ(南米)、

シャシリク(ロシア)、スブラキ(ギリシア)など世界各地にみられることから、

文化多元説をとって各地で発生したと考えてみよう。

もちろん日本でも例は豊富で、囲炉裏のまわりに串を立てるのはお馴染みのシーンだし、

焼き鳥、おでん、みたらし団子などは今でも普通のものである。

クシ料理は手軽で仕上がりがきれい、熱くても食べられ、手を汚すこともない。

縄文遺跡でクシが大量に発見されたことは聞かないが、

クシがさかんに利用されていたとしても不思議ではないだろう。

すると思い浮かぶのは「芋煮」である。大きな鍋に雑多な具を投げ込んで煮る。

食材にクシをさせば「おでん」である。

クシによって熱さのトラブルが解消し、受け皿などの備品もいらなくなる。

さかんに火を焚いて、大きな土器をならべて芋煮を作る。


大勢の人が集まり、子供たちはクシを手に走りまわっている。

その祭りのルーツは縄文時代にあったといつも私は感じるのである。」


ここまで、論理的に畳み込まれると、

さもありなんという気になる。

あとは、どこかの遺跡から、大量に串が出土すれば、

小山説は、決定的となるだろう。

   【参考】HP縄文ファン・小山センセイの縄文徒然草



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by kitanojomonjin | 2016-01-20 12:25 | Comments(0)