縄文人のマダラ漁 2015年1月26日
2015年 01月 26日1月24日、東京の有楽町ホールの縄文フォーラムでのこと。
青森県文化財保護課の斉藤慶史さんが、
縄文人のマダラ漁について、話された。
三内丸山遺跡から、たくさんの魚の骨が
出土している。
そのなかに、マダラの骨が含まれていた。
マダラは、夏は、海底100メートルあたり、
冬でも、水深30メートルあたりに生息する。
結論から言うと、縄文人も、高度な漁労法で
マダラをとっていたのではないかというのだ。
冬、むつ湾に産卵にくるものを「入りタラ」
産卵が終わって、むつ湾からでていくものを「出タラ」
というそうだ。
「出タラ」だけが、エサに食いつく。
この「出タラ」こそマダラ漁のねらい目である。
しかも、その産卵場所は、むつ湾のなかでも
限られている。
縄文人は、山たてなどで、海上の産卵場所(漁場)を
しっかり把握していたに違いないという。
(山たて:いくつかの目印になる山の交点で、位置を特定する)
現代のタラ漁は、ハエナワで行うが、
縄文人も、これに準じた網漁をしていたのではないか
という。
げんに、網用の錘が出土しているのである。
遺跡から出土したマダラの骨から、推理をすすめ、
縄文人のマダラ漁の全貌にまでせまった。
ワクワクする話である。
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