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最近の青森のビッグニュースは、

シャガールの舞台背景画4枚が、勢ぞろいして、

4月25日から、青森県立美術館で見れること。

(東奥日報・2017年4月25日付)

青森県立美術館は、すでに、3枚のシャガールの舞台背景画を

所有していたが、このたび、

アメリカのフィラデルフィア美術館から、1枚

「ある夏の午後の麦畑」を借り受けて、

4枚一緒に展示するというのだ。

実に、11年ぶりのことである。

県立美術館の広いスペースで、4枚同時に鑑賞できる。

11年前に一度見たが、その大きさとシャガールの美の世界に圧倒された。

予定としては、2021年3月まで、4年間展示されるという。

オリンピックが終わるまで見れるのだ。

最近、珍しく、わくわくする話題である。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-28 12:25 | カルチャー通信 | Comments(0)

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弘前公園の桜は、今がたけなわ。

外堀から、西堀まで、ほぼ満開。

あとは、この花が、連休のどこまで

散らずに残っていてくれるか。

ひさしぶりに見た津軽の桜は

良かった。

一年分の元気をもらった気がする。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-27 09:05 | 津軽 | Comments(0)

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このところ、江戸時代の旅行家・菅江真澄にはまっている。

最近、思いがけないことが、わかった。

仕事の大先輩が、晩年、菅江真澄に大変関心を持っておられたということが

わかった。

それどころでない。

最後の特集「祈りの画譜」(1972.2.21放送)

という番組に、菅江真澄が歩き回った津軽が出てくる。

これは、絵馬にこめられた日本人の心を追うという番組である。

津軽の「乳穂が滝」と見られる場所に奉納された一枚の絵馬。

それを奉納した人物を辿っていくと、「畳平(たたみたい)」という集落にたどり着く。

これは、菅江真澄の「外浜奇勝」に出てくる場所だ。

暗門の滝に行く途中にある集落である。

大先輩は、まさに、菅江真澄の世界にふみこんでいたのである。

なにか不思議な因縁めいたものを感じる。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-19 15:25 | Comments(0)

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先日の新聞に、パンの歴史が紹介されていた。

(2017年4月11日付・毎日新聞)

パンと日本人の出会いは16世紀のキリスト教布教時代に

さかのぼるという。

知らなかった!

弾圧と鎖国の世は長崎の出島に生き延び、幕末・明治維新を

境に開放された。

パン普及のバネのひとつは、兵糧と目されたことで

西南戦争にも用いられたという。


なんといっても、戦後の学校給食で重要な位置を占めた。

「かつては学校を休んだ級友のために

パンを包んで下校時に届けた」という

思い出が紹介されていた。

パンが、その存在感を最大限に発揮した瞬間だったろう。


パンにも脈々とした歴史があるのだ。

教科書の都合で、和菓子屋にさしかえるのは、

やはりおかしいと思う。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-17 12:48 | この国のかたち | Comments(0)

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かまやつひろしの「我が良き友よ」のB面の曲を

ご存知ですか?

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」

作詞・作曲、かまやつひろしである。

ゴロワーズって、あのフランスのたばこのことである。

こんなふうに、始まる。

「ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい

ほらジャン・ギャバンがシネマの中で吸ってるやつさ

よれよれのレインコートの襟を立てて

短くなるまで奴は吸うのさ

そうさ短くなるまで吸わなけりゃダメだ

短くなるまで吸えば吸うほど

君はサンジェルマン通りの近くを歩いているだろう」

歌うようなささやくような不思議な曲だ。

吉田拓郎作詞・作曲の「我が良き友よ」に反発して、

がらりと違う歌をB面に吹き込んだという。

2日前まで、歌詞も曲も出来ていなかった。

これはこれで、いい味をだしている。

かまやつ自身のこんな言葉がのこっている。

「その当時、僕はフェイセスが好きで、ロッド・スチュワートを気取っていたから

「我が良き友よ」の“ゲタ履いて腰に手ぬぐいぶら下げて”っていう詞を歌うのにすごく抵抗があったわけ。

じゃあB面は自分がやりたいことをやるんだってことになってね(笑)」

単に、ポーズをつけた歌かと思うと大違い。

3番・4番の歌詞には、かまやつの生き方が、しっかり

歌いこまれている。


「君はたとえそれがすごく小さな事でも

何かにこったり狂ったりした事があるかい

たとえばそれがミック・ジャガーでも

アンティックの時計でも

どこかの安い バーボンのウィスキーでも

そうさなにかにこらなくてはダメだ

狂ったようにこればこるほど

君は一人の人間として

しあわせな道を歩いているだろう」


「君はある時何を見ても何をやっても

何事にもかんげきしなくなった自分に

気が付くだろう

そうさ君はムダに年をとりすぎたのさ

できる事なら一生 赤ん坊でいたかったと思うだろう

そうさすべてのものがめずらしく

何を見ても何をやってもうれしいのさ

そんなふうな赤ん坊を

君はうらやましく思うだろう」

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# by kitanojomonjin | 2017-04-14 14:45 | 人生 | Comments(0)

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先日、神田神保町の古本屋で、

菅江真澄の「ひなのひとふし」が、所収された文学全集を見つけた。

店頭のゾッキ本の棚で、一冊200円。

岩波書店から最初出版された時の定価4300円のものである。


菅江真澄は、いまから、およそ220年前、東北・北海道を旅して

克明な旅日記をつけている。

旅の最後は、秋田で亡くなるが、

「ひなのひとふし」は、それまでの旅をふりかえり、

東北各地で、実際に採集した民謡を書き記したもの。

田植え歌、山唄など、真澄が直接聞いた労働歌が

それぞれの地域の方言で記されている。

いまや失われた民謡が、そのまま採録されているのである。

きわめて、貴重なものである。

200円では、安すぎる。

全集が、バラになったときの宿命なのだろうか。


おなじく菅江真澄関連で、「菅江真澄遊覧記」3(東洋文庫)が、

箱が汚れていたが、300円で、違う店の店頭にあった。

これは、津軽の旅がまとめられたもの。

さっそくこれも購入した。


なにかの巡りあわせだろうか。

この日は、不思議に、菅江真澄に出会えた日だった。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-11 15:03 | 津軽 | Comments(0)

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きのうは、雨の日曜日。

近くの中学校正門の桜並木。

だれひとり見守ることなく、満開のときを迎えていた。

その近くには、八重桜が満開。

こちらも静寂の中に、咲き誇っていた。

ひとびとで、熱狂する桜の光景とは

一味違うたたずまい。

これも、しんみりしてなかなかいい。

行く春を楽しむ贅沢な時間だった。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-10 17:39 | Comments(0)

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先日の新聞で、法政大学総長の田中優子さんが、

こんなコメントをしていた。

(東京新聞2017年4月7日付)

「コミニケーションとは、気に入ってもらったり、

なれ合ったりするためだけでなく、

他者が見えていないものを手渡すためにある。

原発事故に起因いじめや排除・差別を経験している人々、

それを知っている人々は、

やはりそのことを言葉に出して語るべきだろう。」


こころに、響く根源的な指摘だと思う。

田中さんは、最後に、こう結んでいる。


「水俣病も原発事故も文明の災害であり、

加害者が明確であるはずなのに

被害者は十分な補償を受けられず、

さまざまな差別にさらされている。

まずその事実を知ることが必要で、

そのためには、それを伝え、

それが間違っていること、

憎悪表現や暴言が悪であることを語る、

たくさんの人々の言葉が必要なのである。」

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# by kitanojomonjin | 2017-04-09 10:52 | この国のかたち | Comments(0)

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こちらは、縄文ZINEという小冊子から。

三内丸山遺跡からは、2000点近い土偶が出土している。

ひとつの遺跡からの数では、日本一多い。

その多くが、板状土偶に代表されるように、

十字型である。

なぜ十字型なのか?

ミステリーである。

現代人が、赤ん坊から子供、若者まで、

さまざまに、縄文人の土偶のポーズを

とっている。

そのことで、みんな考えることだろう。

なぜ、十字型なのか?

個人的には、飛ぶイメージとつながりが

あるような気がするのだが。

あなたは、どう考えますか?


(追加)この写真をみていて気づいたのだが、

赤ちゃんは、普通に両手を広げている。

十字型は、赤ちゃんの自然体であるのだ!

ところが、人間は成長すると

両手をだらりと下げるのがふつうになる。

ひょっとしたら、十字型のポーズは

自然体の赤ちゃんのポーズから来ているのかもしれない。


いろんな想像が掻き立てられ、

興味がつきない。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-04 13:25 | Comments(0)

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先日、縄文土偶図鑑というパンフレットを見た。

なかなか良くできている。

たとえば、三内丸山遺跡から出土した大型板状土偶。

実は、口からお尻まで、穴が開いている。

これをどう考えたらいいのか?

ミステリーである。

土偶というのは、前からだけでなく、

後ろから、下から、さまざまな角度から見ると、

不思議がいっぱいなのだ。

そのおもしろがりの精神が、このパンプレットには、

充満している。

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# by kitanojomonjin | 2017-04-03 17:59 | 縄文 | Comments(0)