以前、北海道の考古研究者で、市民運動にも

  携わっているAさんから、

  「インターネットは、縄文的コミュニケーションだ」

  といわれたことがある。

  そのときは、いまひとつ飲み込めなかったが、

  ブログを立ち上げてみて、少しそのことが

  わかるような気がし始めた。


  縄文人にとって、聖なる季節・冬。

  それには、実は、深い意味があるらしいことを

  最近知った。

  中沢新一の「カイエ・ソバージュⅡ・熊から王へ」

  によると、アメリカ北西部の先住民は、

  冬になると、夏の首長とはまったく違った、

  いわば秘密結社のリーダーを戴くようになるという。

  「冬の期間につくられる秘密結社には、ほかにも
  まだたくさんの興味深い特徴があります。
  夏の間には、人々は社会的アイデンティティを
  持っていました。(それは家族という単位をもとにした
  個人の位置づけにかかわるもの)」

  「ところが、冬になると、こういうアイデンティティは、
  すっかりご破算にされてしまいます。
  秘密結社がそれとはまったく違う規則によって、
  人間関係を完全にシャッフルし直してしまうからです。」

  夏の人間関係をシャッフルして、冬には、

  秘密結社を中心に、ひたすら「冬の祭り」に専念する人々。

  人々を冬の祭りに突き動かしたものは何か。

  興味が尽きないところである。

  中沢新一は、これは、縄文の人々にも通じる姿だという。

    さらに、論を進めて、夏のリーダーと、

  冬の祭りの「たましい」のリーダーが

  最後まで合体せずにいたこと。

  このことが、アメリカ北西部の先住民社会でも、

  縄文の社会でも、

  「国家が、いつ生まれてもおかしくないような
  条件を十分に備えていながら、自分の
  内部からはけっしてつくりださなかった」のだという。

  これは、きわめて魅力的な説である。

  聖なる季節・冬の意味合いをこれから、じっくり

  考えていきたい。


  それはさておき、縄文時代の情報の方向性は、

  夏には、垂直に上から下へというイメージが

  あるのに対し、冬になると、

  垂直に下から上であったり、水平に、横から横へと

  ひろがっていくイメージである。

  この構図こそ、実は、現代のメディアの中で、

  ブログが持っている方向性と極めてよく似ている。

  その意味においても、インターネットの中で、

  ブログこそ縄文的なコミュニケーションといえそうである。
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ブログは新しい扉を開く?
(渋谷ブロギニスト通りにて)

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# by kitanojomonjin | 2005-03-08 17:01 | ブログ論 | Comments(0)


  パリのセーヌ河畔、カルチェラタンの一角に、

  ル・ブキニストという創作フランス料理店がある。

  店は、いつも若い男女の熱気であふれている。

  パリッ子の隠れた穴場である。

  この店の名のル・ブキニストとは、永らく

  フランスの思想家あるいは思想家集団の意だと

  思っていた。

  ところが、どうもそうでないらしいことが、わかって来た。

  ためしに、辞書を引いてみると、ブキニストとは

  セーヌ河畔の古本屋とある。古本屋の意味が、

  新しい味の拠点の名になっているのだ。

  これは、じつに象徴的なことではないだろうか。

  つまり、メディア媒体の名が、新たな価値を
  
  あらわすまでになっているのだ。

  
  いま、われわれは、ブログのカオスの中にいる。

  ブログの担い手をブロガーというらしいが、

  われわれは、ブキニストのひそみにならい、

  あえて、新しい文化を志向するブロガーを

  ブロギニストと呼ぶことを提唱したい。

  渋谷のヨーロピアンスタイルのカフェの一角。

  (われわれは、この界隈を、渋谷ブロギニスト

  通りと密かに呼ぶことにした。)

  そこで、一杯のコーヒーを啜りつつ、次の

  宣言にたどりついた。


  「ブログという新しいツールで新しい文化の風を

  巻き起こそう。

  新しい感性と味わいのある文化の風を。

  ブロギストたらんとする有志よ。

  アクセスせよ。

  ブロギストたらんとする有志よ。

  ネットワークをはろう。」

           2005.3.7
               春まだ浅き
                渋谷ブロギニスト通りにて

     
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# by kitanojomonjin | 2005-03-07 16:32 | ブログ論 | Comments(0)


  信州の考古学者藤森栄一の「古道」という本に、

  興味深い話が、書かれている。

  彼の学生時代というから、戦前の話である。

  彼は、信州の山で、不思議な集団にであった。

  出会いの瞬間は、クリの花のにおいの立ち込める

  夕まぐれのことだった。

  「あたりは、まだ、夕べの光がかすかにただよっていた。
  見上げると、その匂いのもとは、私の踏み込んだ林の
  暗い梢から、白い房のように垂れ下がっている栗の花だった。
  私は、そのふしぎな匂いの中にまよいこんだ」

  彼は、そこで、クリの木の下で絡まりあう男女に出会う。

  彼らは、男10人女7人のキコリの集団だった。

  なんと、彼らは、九州の肥後からやってきたのだという。

  藤森栄一の洞察力のすごさは、ここからである。

  彼は、この思い出から、遠く縄文人の性のバイオリズムに

  思いをいたす。

  「栗の花は男の精、クルミの花は女の精の匂いがする。
  女たちは栗の花の花粉の舞う草原で力いっぱいからみあい、
  噛んだりわめいたりして、受精する」

  「クリとクルミの木に囲まれて生きていた中期縄文人、
  クリの花咲くころ、彼らの性が強く刺激されたとすれば、
  女は夏の端境期は食欲が減退しても、
  秋の実り、冬の狩猟と、妊婦の食欲は頂上に達して、
  休養期のあける四月が、格好な出産期となる。
  とすれば、美しい明るい沢にのぞんだ、クリやクルミの
  林の下草の中に、愛の場があったとしたらどうだろうか」

  藤森栄一の飛翔する想像力に、めまいを感じながら、

  次のことは確実に言えそうだ。

  少なくとも、戦前あるいは戦後の一時期まで、

  縄文人の存在を強く強く感じさせる集団が、日本列島の

  山の尾根を行き来していた可能性があるのだ。

  今かれらの姿は、太古の森の奥に掻き消えたかに見える。

  でもそれは、本当だろうか。

  日本列島のどこかにその面影をとどめてはいないか。

  

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# by kitanojomonjin | 2005-03-03 12:46 | 縄文 | Comments(3)


  不思議な話を聞いた。

  ある学者が、縄文時代にさかのぼるかもしれない

  石笛の演奏を聴いた。

  その夜、一晩中、耳元で女性のささやきが続いて

  とまらなかったという。

  当の学者は、次のように、分析する。

  石笛は、人間の耳には聞こえない高周波を出す。

  その高周波が悪さをしたのだろうという。

  それでも、疑問はつきない。

  縄文人は、それを承知で、石笛を演奏していたと

  考えられないか。

  何のために?

  人の耳に聞こえない高周波で、縄文人は何をしようとしたのか。

  神との交信のためか、

  あるいは、宇宙との交流のためか。

  学者の話では、石笛が縄文時代の楽器だった可能性は50パーセントだという。

  だが、縄文人のけはいを強く強く感じ取られる話である。
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この中に縄文人の石笛が含まれているのだろうか?
(写真提供 NPO法人 三内丸縄文発信の会)
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# by kitanojomonjin | 2005-03-02 11:30 | 縄文 | Comments(0)


  どれだけの間、眠りについていたのだろうか。

  目を凝らして見るが、何も見えない漆黒の闇。

  ここは、どこなのだろう。

  むっとする土のにおいが、立ち込めている。

  それは、とても懐かしさをそそる。

  一瞬、ケモノの生臭いにおいがよぎった。

  それが、記憶を刺激し、閃光のように

  ひとつの状景が浮かび上がってきた。

  あれは、アズマ岳の斜面で、狩をしていたときだった。

  そこで、とうとうあの金色のカモシカに出会ったのだ。

  ケモノミチに落とし穴を仕掛け、エモノを半日待っていた。

  なにもかからなかった。

  そのときだった。

  吹雪の中に、金色の毛に覆われた大カモシカが

  すっくりとたつのを見たのは。

  われわれの間で、山の神の化身といわれていた大カモシカである。

  無我夢中で、突進した。

  大カモシカの青色の眼がじっと私をみすえていた。

  目前に迫ったとき、大カモシカは、ひらりと身をかわした。

  それと同時に、尾根から吹き上げてきた雪まじりの

  突風が視界をさえぎった。

  足をとられ、アズマ岳の岩の裂け目に転落した。

  それっきり記憶を失った。

                        (つづく)
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# by kitanojomonjin | 2005-03-01 17:58 | Comments(0)

  
  遺跡は、すっぽり雪の中。

  冬は、縄文人にとって聖なる季節とか。

  夏とは、打って変わり、冬は静寂と内省の季節である。

  雪の中で、縄文人は何を思い、永遠の眠りについているのか。

  何とかして、縄文人のけはいを感じ取りたい。

  永年そう思い続けてきた。

  21世紀の現代に生きるわれわれにとって、

  縄文人のけはいを感じ取る手立ては、あるのだろうか。

  ドリームタイムとは、「夢の時間」。

  オーストラリアのアボリジニの人々にとっては、特別の意味があったらしい。

  (そのことについては、いずれゆっくり)

  ドリームタイムとは、ここでは、「縄文人を夢見る時間」とでもしておこう。

  どこまで行けるかわからないが、ひとまず太古の縄文人のけはいを追い求め、

  縄文ドリームタイム日記を始めることにしたい。 
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(写真提供 NPO法人 三内丸山縄文発信の会)

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# by kitanojomonjin | 2005-03-01 16:21 | 縄文 | Comments(2)