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半世紀ぶりの修学旅行、最後は、函館ベイエリアの

金森レンガ倉庫群を訪ねた。

われわれが、修学旅行で訪ねた半世紀前は、

トラピスト修道院と五稜郭が、観光の定番だった。

いまは、なんといっても、金森レンガ倉庫群である。

はじめて、たずねてびっくりした。

レンガ倉庫の内部は、こじゃれたショッピング・モールやレストランになっていて、

女性の興味を引くおみやげ物や小物の店があふれている。

女性だったら、半日いても飽きないだろう。

年間、150万から200万の観光客が訪れ

いまや一大観光スポットになっているのだ。

ここ30年の間に、つぎつぎに店や施設が出来、

みるみる充実してきたようである。

まさに、函館のしたたかさに脱帽という感じである。

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# by kitanojomonjin | 2017-07-14 12:05 | 旅の街角から | Comments(0)

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縄文ファイルの最新号が届いた。

表紙の写真は、三内丸山遺跡の6本柱と板状土偶をデザインした交番が

青森市内にあるという話題。

裏表紙には、縄文服を着て、三内丸山遺跡を見学する女性の写真。

縄文服は、無料で貸し出してくれる。

Sannai Maruyama police box

with six pillars and Board-shaped Clay Figurine

There is a police box on the way

to the Sannai Maruyama Site

aloneside Namidate street in

Aomori city.This police box name

is Sannai Maruyama koban.This

police box is conspicuous becouse

of appearance.The entrance have

six pillars,and the outer wall was

modeled after Board-shaped Clay

figurine.

This police box was founded on

friendly building. and regional

feature in 2004.

六本柱と板状土偶の三内丸山交番

青森市の浪館通り、三内丸山遺跡へ向かう

途中に交番がある。この交番は三内丸山交番。

道行く人の目を引く外観は、入り口の柱は六本柱に

なっていて、外壁は三内丸山遺跡で発掘された

板状土偶を模している。

地域の特色を生かした、親しみやすいデザインの

交番として2004年以来、現地に設置されている。

縄文ファイル231号(2017年7・8月号)

この情報は、HP「みんなの縄文」でも、紹介される予定。
  http://www.jomonjin.net

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# by kitanojomonjin | 2017-07-11 15:43 | 英語で縄文 | Comments(0)

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半世紀ぶりの中学校の同期生との修学旅行。

フェリーで、津軽海峡を渡って、北海道に上陸した。

まず、大沼公園を訪ねた。

思い出深い場所である。

かつて、ここに、山水旅館という和風旅館があった。

残念ながら、いまはない。

この旅館について、みんなの記憶がまちまちだった。

旅館は、湖の奥まったところにあった。

そこまで、船で行ったという人。

いや馬車で行ったという人。

小生は、いずれの記憶もまったくない。

ただ、天皇が泊まられたという部屋があり、そこのトイレをのぞいたら、

四畳半くらいのじつに、たっぷりした空間だったような気がする。

なぜかそのことは、しっかり記憶にある。


半世紀たつと、それぞれの、記憶の断片が

じつにさまざまである。


念のため、地元の資料をチェックしてみると、

昭和29年8月8日、天皇皇后両陛下宿泊という

記録は残っていた。

しかも、昭和30年代当時とみられる、

建物と馬車の写真もあった。

幻の山水旅館は、たしかに、実在していた。


いまも、大沼公園の駒ケ岳と湖は、

何事もなかったように、

静かにたたずんいる。

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# by kitanojomonjin | 2017-07-08 21:04 | 旅の街角から | Comments(0)

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先日、弘前駅についたら、

ブラタモリのポスターが出迎えてくれた。

7月8日(土)の夜のブラタモリは、弘前を

訪れるらしい。

そういえば、5月頃、弘前にロケに来たという

噂を聞いた。

いったい弘前のどこを紹介するのか?

楽しみである。

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# by kitanojomonjin | 2017-07-06 21:18 | 津軽 | Comments(0)

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先日、函館に行ってきた。

同行したのは、中学校の同期生十数名。

半世紀以上前の中学の修学旅行を再現したのだ。

青森から、ブルーハピネスという最新フェリーで

函館まで3時間半の船旅を楽しんだ。

半世紀前は、今は無い青函連絡船の旅だった。

途中、イルカの群れが寄ってきたよねと、

思い出話をしていたその時。

なんと、イルカの群れが出現した。

あわてて、シャッターを押したが、うまく写っていない。


しかし、イルカの影は、いまも眼の裏に焼き付ている。

なにか時空をこえた出会いのような気がした。

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# by kitanojomonjin | 2017-07-03 10:11 | Comments(0)

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司馬遼太郎展には、こんなものも展示されていた。

司馬さんが、京都支局時代、宗教記者として、

東西本願寺の書庫に出入りしていた。

そのころ、よくこの椅子に寝ころんで本を読んでいたという。

いわば、司馬遼太郎の思索の原点ともいうべきいわくつきの長椅子である。

この伝説の長椅子にお会いできるとは、

ビックリである。

ちなみに、この椅子は、いまも西本願寺の記者室に残されているという。

司馬さんにあやかって、ちょと、寝そべってみたい気がする。



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# by kitanojomonjin | 2017-06-30 20:02 | 司馬遼太郎さん | Comments(0)

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先日、横浜のそごうへ「司馬遼太郎展」を見にいってきた。

そこで、司馬さんが「梟の城」を執筆したという文机を見ることができた。

あ~これかと思った。

とても、質素なチンマリした文机である。

司馬さんが、暮らしていた大阪市西区の公団住宅

「西長堀アパート」の部屋にあったものだ。

その場所は、奇しくも、旧土佐藩邸の跡地で、

土佐堀も見下ろせたという。

「竜馬もこのあたりをうろついていたのか」

この文机に向かって、司馬さんは、「竜馬がゆく」の

構想をふくらませていたに違いない。


新聞記者をやめて、作家活動に専念し始めたころの

司馬さんをしのぶ貴重なものである。

質素でチンマリしているだけ、駆け出し時代の司馬さんの

気概が伝わってくるようだ。

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# by kitanojomonjin | 2017-06-25 10:00 | Comments(0)

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これは、青森県の小牧野遺跡から、出土した三角形の石器である。

いったいなんのためにつくられたのかわからない。

よく見ると、三角形といっても、ひとつひとつ

みんなかたちが違う。

三角形は、ふつう自然にはあまり見られないかたちである。

ひとつひとつ縁を削って、

かぎりなく三角形もどきのかたちを作ったのはなぜか?

縄文人は、三角形に対して独特のこだわりがあったのだろうか?

さらに、石の表面には、線で、模様が刻まれている。

縄文のうずまき模様の一部を連想させる。

その模様も、ひとつひとつ違っている。

三角形に、個別のマークをつけているようだ。

かぎりなく三角形をめざし、ふぞろいの三角形でもよしとして、

さまざまな記号をつけている。



土偶が、ひとつひとつ微妙に、違う表情をしているように、

この三角形は、思い出のひとを示すシンボルなのかもしれない。

想像をたくましくすれば、思い出の人を偲ぶグッズなのかもしれない。


それにしても、膨大な労力とエネルギーをかけて、これらの

三角形もどきを作り続けた縄文人のおおらかさとひたむきさに

感心させられる。

この映像は、「北海道・北東北の縄文遺跡群」~青森県の遺跡~で

見れます。(ユーチューブで見れます!)

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# by kitanojomonjin | 2017-06-21 13:50 | 縄文 | Comments(0)

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これは、いつみても楽しくなる。

秋田県の大湯環状列石から、出土したものである。

石づくりなので、土偶でなく、石偶というのだろうか。

どうみても、テレビのドーモクンそっくり。

かってに、縄文のドーモクンと呼んでいる。

この解説には、縄文人が1から5までの数字を学ぶためという

のが、あったようだが、

あまり説得力はない。

縄文人だって、両手の10本の指と、両足の10本の指を

あわせれば、ふつうに20までは、常識として、数えていただろう。

でも、ちょっと見方を変えてみることはできそうだ。

1から5という数字(穴ぼこ)だけで、人間(女性)を表わしてみようという

遊びごころと考えると、楽しい。

1・・・口

2・・・眼

3・4・・・乳房

5・・・女性の妊娠線

なぜ、乳房が、3と4で、2種類に分かれるのか?

1から5までをたどる便宜上なのか?

ここは、左の胸が、心臓のあるほうなので、特別の意味を

こめられていると考えるのはどうか?(あくまで、個人的意見であるが)


いつみても、この縄文のドーモクンには、不思議が尽きない。

最近は、ますます縄文人の遊びごころの世界の産物ではないか

と思うようになった。

あーでもないこーでもないと頭を悩ましている現代人に対し、

縄文人は、クスリと笑っているかもしれない。


この映像は、「北海道・北東北の縄文遺跡群」~秋田県の縄文遺跡~で

みれます。(ユーチューブでも見れますよ!)

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# by kitanojomonjin | 2017-06-18 18:09 | 縄文 | Comments(0)

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これは、何度見ても、ほれぼれする。

縄文人のクシである。

クシの上部の幾何学模様は、超現代的なセンスである。

シカの角を細工したもので、透かし彫りが施されている。

みごとなものである。

青森県七戸町の二ツ森貝塚から、出土。


縄文時代、北海道の礼文島に、

アクセサリー製作の工房の拠点があったといわれるが、

そこからもたらされたものだろうか?

それとも、ここの貝塚で、自力で作られたものか?


さらに、このクシは、縄文のどんな女性の髪を

飾ったのだろうか?

いろんな想像がかきたてられ、興味が尽きない。



このクシの映像は、「北海道・北東北の縄文遺跡群」~青森県の縄文遺跡~で見れる。

ユーチューブでも見れますよ!

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# by kitanojomonjin | 2017-06-15 11:39 | 縄文 | Comments(0)