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いま、東大阪市の司馬遼太郎記念館で開催されている

企画展「坂の上の雲にみる陸羯南」では、

司馬さんの手紙が展示されているという。

それは、陸羯南について研究会を

やらないかと熱く語ったものだった。

元産経新聞社会部の青木彰さんあてのものである。

こんな具合だ。


「たれか、講師をよんできて

“陸羯南と新聞「日本」の研究”

というのをやりませんか。

もしおやりになるなら、小生、学問的なことは申せませんが、

子規を中心とした「日本」の人格群について、

大風に灰をまいたような話をしてもいいです。

露ばらいの役です。」


司馬さんの「大風に灰をまいたような話」を

ぜひ聞いてみたかった。

しかし、司馬さんも、青木さんも亡くなって、

それは、実現しなかった。

いまその志が、青木さんの教え子の青木塾に

ひきつがれている。


この便箋5枚にわたる司馬さんの手紙が、

企画展に、展示されているという。

ぜひ見てみたいものである。

(ちなみに、司馬遼太郎記念館は、いまは、

年末年始の休みにはいり、1月5日から開館だとか。)

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by kitanojomonjin | 2016-12-29 13:22 | この国のかたち | Comments(0)

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いま、東大阪の司馬遼太郎記念館で、陸羯南にちなんだ

企画展が開かれている。

陸羯南とは、津軽出身の明治のジャーナリスト。

新聞日本の主筆として、縦横に活躍した。

司馬さんも、「坂の上の雲」の中で、正岡子規を支える

徳のある人物として、陸羯南を描いている。


今回の企画展には、津軽から、陸羯南の漢詩の書が

出品されている。

名山名士を出だすの書である。

「名山名士を出だす

此の語 久しく相伝ふ

試みに問ふ巌城の下

誰人か天下の賢なるぞ」


この書が、出展のため津軽を離れるとき、

地元では盛大な壮行の宴が開かれたと言う。

司馬さんが聞かれたら喜びそうな話である。

ちなみに、企画展は、2017年2月26日までである。

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by kitanojomonjin | 2016-12-28 14:41 | 津軽 | Comments(0)

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ダークダックスはシーハイルの歌をはじめ、

雪山賛歌など雪のイメージの歌が多い。

「俺達ゃ町には住めないからに」(雪山賛歌)

と、自然派をきどってみせる。


一方、昭和35年に、テレビの「バス通り裏」の

主題歌を吹き込んで、一躍ヒットしている。

知らなかった。


ダークダックスは、昭和30年代なかばからの

高度成長期のひとびとのこころのヒダに、

いろんな角度から、フィットしたのだ。


ペチカなどのロシア民謡を歌ったかと思うと、

「かあさんは夜なべをして手ぶくろ編んでくれた

こがらし吹いちゃ つめたかろうて

せっせと編んだだよ」(かあさんの歌)と

都会へ出た若者たちに、田舎への郷愁をかきたてもした。


こうしてみてくると、ダークダックスは、いつも

われわれとともにあり、時代とともにあった。


ことし、相次いで、メンバーが亡くなり、

ゾウさんひとりになったという。

寂しいかぎりである。

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by kitanojomonjin | 2016-12-27 14:06 | カルチャー通信 | Comments(0)

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たまたま、ラジオで、ダークダックスのシーハイルの歌を

聞いた。

“岩木のおろしが吹くなら吹けよ

山から山へと我等は走る

昨日は梵珠嶺今日また阿じゃ羅

煙立てつゝおおシーハイル”


岩木は、津軽の岩木山。

梵珠嶺は、津軽の梵珠山。

阿じゃらは、青森県大鰐町の阿じゃらである。

地元では、中高生のとき、何気なく歌っていた。


ところが、曲の誕生には、いろんないきさつがあった。

この曲のルーツは、昭和4年1月、

五所川原農高のスキー部が大鰐合宿したとき、

スキー部監督の林征次郎が作詞したものだという。

日本のスキーが普及してから、10年くらいの草分けの時期。

元歌は、大正時代の街頭演歌師・鳥取東陽の

「浮草の旅」。

そして、この曲を全国に普及させたのが、

1960年(昭和35年)のダークダックスのレコードだったというのだ。



こんな長い歴史の裏話があろうとは、

知らなかった。


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by kitanojomonjin | 2016-12-26 12:24 | 津軽 | Comments(0)

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先日、青森市へ行ったとき、善知鳥神社(うとうじんじゃ)をのぞいてみた。

正月の初詣の準備が着々とすすんでいた。


気が付いたのは、「棟方志功ゆかりの地」という大看板が出ていたこと。

知らなかった。

案内書きを読んでみたら、棟方志功が小さい頃、

この神社の境内で、よく遊んでいたという。

さらに、後に結婚式をここで挙げた。

今でも、あの度の強いめがねをかけた棟方少年が

この辺を歩き回っているような気がする。

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by kitanojomonjin | 2016-12-24 15:05 | Comments(0)

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青森県が、関西のみなさん向けに、「青森さ、あべ!」という

ラップ動画を作ったら、

1日で、3万回のアクセスがあったという。

(2016年12月21日付・東奥日報)


サプライズは、「青森県つづ」(ちじのなまり)として

青森県知事ご本人が、登場すること。

これで、関西からの観光客がふえれば、御の字だが。

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by kitanojomonjin | 2016-12-22 17:54 | 津軽 | Comments(0)

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「夢の本屋ガイド」という不思議な本を見つけた。

全国の22の本屋さんが執筆した夢の本屋のルポである。

ネタばらしをしてしまうと、

最後に、次の1文がある。

「本書に掲載されている本屋はすべて架空のものです。」

本屋さんのあるべき本屋へのオマージュなのかもしれない。

この編集にあたった方が、ラジオで話していたが、

一番あってほしい本屋は、ずーっとかわらずあり続ける

ふつうの本屋さんかもしれない。

小中学生のころのぞいた街の本屋さん。

あれは、小さな街の文化センターであり、

なつかしい顔の出会いの場所だった。

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by kitanojomonjin | 2016-12-19 14:01 | カルチャー通信 | Comments(0)

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先日、ゲルハルト・オピッツのピアノ演奏を聴いた。

毎年12月、決まって、オペラシティで開かれる。

彼のピアノを聴かないと1年が終わらない。

圧巻は、ブラームスのピアノ・ソナタ第1番。

ベートーベンを思わせる雄渾な曲。

突き上げる生命力。

あふれる情感。

すっかり、魅了されてしまった。


若きブラームスが、シューマンのところを

初めて訪ねてこの曲を披露して、

絶賛されたといういわくつきの曲である。

若きブラームスの情熱が、あふれているようだ。

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by kitanojomonjin | 2016-12-17 14:54 | Comments(0)

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さだまさしの療養所(サナトリウム)という歌を聞いた。

作詞・作曲、さだまさし。


こんなストーリーである。

療養所を出て行く主人公が、同室のおばあさんのことが

みょうに、気がかりだった。

こんなおばあさんである。


“たった今飲んだ薬の数さえ

すぐに忘れてしまう彼女は しかし

夜中に僕の毛布をなおす事だけは

必ず忘れないでくれた”


そのおばあさんには、この2ヵ月面会に訪れる人はいなかった。

歌のラストのくだりがいい。


“さまざまな人生を抱いた療養所は

やわらかな陽溜りとかなしい静けさの中”


“たったひとつ僕にも出来る

ほんのささやかな真実がある それは

わずか一人だが 彼女の見舞客に

来週からなれること”


こころほのぼのとさせる歌である。

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by kitanojomonjin | 2016-12-16 14:54 | Comments(0)

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福岡市の市道で、で大規模な陥没事故が起きたのに、

1週間で修復にこぎつけた。

なぜ?

先日の新聞の投書欄にその答えが寄せられていた。

(毎日新聞・2016年11月19日付)

投書によれば、炭鉱事故での経験が役にたったという。

「炭鉱の崩落現場での作業経験がある地元の土木建設業者が、

水中でも固まりやすい特殊な土をすぐに手配・供給した

機転のよさがあった」という。

さらに、このように述べている。

「炭鉱跡地で地表が崩落すると、

空洞部に水がたまることがほとんどで、

今回の現場はそれにそっくりだった」という。

今は、ほとんど、過去の産業になった炭鉱の記憶が、

現代に生きると言うのは、

とても興味深い。

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by kitanojomonjin | 2016-12-15 12:57 | この国のかたち | Comments(0)