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        いま東京は、イチョウの黄葉が、ピークを迎えている。

        ラジオで、公園の手品師という歌を聞いた。

        歌っているのは、フランク永井。

        作詞 宮川哲夫、作曲 吉田正。

        こんなふうに、始まる。

          “鳩が翔(と)び立つ 公園の

          銀杏は手品師 老いたピエロ

          うすれ陽に ほほえみながら

          季節の歌を

         ララン ラララン ラララン 唄っているよ”


       なぜ、イチョウの木が、公園の手品師なのか?

      それは、歌詞の2番の後半で、明らかになる。

     “口上(こうじょ)は 言わないけれど

     馴れた手付で

      ラララン ラララン ラララン カードをまくよ

      秋が逝くんだ 冬が来る”


そして、3番で、その手品師にちょっぴり、繰言をいう。


“風が冷たい 公園の

銀杏は手品師 老いたピエロ

何もかも 聞いていながら

知らぬ顔して

ラララン ラララン ラララン すましているよ

呼んでおくれよ 幸せを”


しゃれたシャンソンの味わいのある歌である。


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by kitanojomonjin | 2016-11-29 12:36 | 季節の風 | Comments(0)

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「植物はそこまで知っている」という本を

読んでいる。

植物の感覚を 視角・触覚・聴覚・位置感覚・記憶から探っている。

そこで登場するのが、「ダーウィン父子による屈光性の実験」。

ダーウィンは、『種の起源』発表後の20年間、

もっぱら息子のフランシスといっしょに、植物の研究を

していたという。

植物は、光に向かう。

植物は光をどのように、感じるのか。

植物の「目」に当たる部分は、どこか?

父子は、植物の「目」は屈折した部分ではなく

苗の先端部にあるはずだ仮説を立て、5種類の苗で実験した。

a.そのままの苗

b.先端を切り取った苗

c.先端に光を通さないキャップをかける

d.先端に透明のガラスのキャップをかぶせる

e.下の部分を光をさえぎる管で覆う

結果は、ごらんのとおり。

aとdとeが、光を感じ、光に向いている。

仮説の通り、先端部に、「目」に相当するものがあるらしい。

次に、植物と動物の「見る」ということに

話が、展開する。

動物は、「像に翻訳する神経系」をもっている。

ところが、植物は、「像に翻訳する神経系」はない。

つまり、動物が、映像を結ぶ「目」を持っているのに対し、

植物は、それとは違うが、「目」に当たる感覚器官を持っているのだ。

ここから先、驚くべき話がでてくる。


「植物と動物の視覚機能は数十億年かけて別々に

進化してきたにもかかわらず、どちらも

クリプトクロムという青色受容体を有するという

共通点がある。」

どういうことか?

部分的に理解したところをかいつまんで言うと、

このクリプトクロムは、胎内時計をつかさどるもので、

単細胞生物時代、つまり、

動物と植物が枝分かれするより前から発達していたというのだ。


われわれ動物と植物は、月とスッポンほどかけ離れて

いてまったく別物かと思ったら、

数十億年前は、一緒だったこと、

しかも、その痕跡となる共通の物質を持っていると言うのだ。

目からウロコの話である。

植物に対する親近感が、がぜん、湧いてくる。

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by kitanojomonjin | 2016-11-28 15:17 | カルチャー通信 | Comments(0)

渡り鳥 2016年11月27日

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今朝、多摩川べりを散歩していたら、

川に沿って、上空を渡り鳥の一群が

飛んでいった。

やや見にくいが、

写真のやや真ん中から下の

ごまつぶのようなのがそれである。

鳥の群れが、次から次に途絶えることは

なかった。

ものの5分ぐらいは、見とれていただろうか?

東京湾から、多摩川をさかのぼるわたりの道を

鳥たちは、しっかり記憶し、

毎年繰り返しているのだろう。

多摩川をさかのぼって、

鳥たちは、さらにどこへ向かうのだろうか?

なにか大自然の知恵のすごさを感じさせられた瞬間だった。

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by kitanojomonjin | 2016-11-27 20:59 | 季節の風 | Comments(0)

川霧 2016年11月25日

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きのうの時ならぬ雪が溶けてきょうは朝から晴天。

多摩川べりを散歩すると、

川面に一面、川霧が・・・。

なかなか幻想的だった。


気が付くと、吐く息も白く、

ずいぶん冷えていることに、

気づく。

こうやって、関東平野は、本格的な冬をむかえる。

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by kitanojomonjin | 2016-11-25 13:48 | 季節の風 | Comments(0)

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先日の毎日新聞に、青森駅前に、かつて、あった

一二三食堂が、紹介されていた。

(2016年11月23日付・毎日新聞)

フリーライターの柏木智帆さんは、

懐かしく庶民的で、いまや無くなりそうな食堂を

「絶滅危惧種食堂」と名づけて、

日本全国を回っている。

その最初のきっかけが、青森駅前の一二三食堂だったという。


「雪をかぶった看板をくぐると、

おばちゃん2人が笑顔で迎えてくれた。

おすすめを頼むと『カスベ(エイ)の煮付け定食』が

出てきた。おいしくて骨までたべた」という。

その雪のなかの一二三食堂のたたずまいの写真。

カスベ定食の写真。

そして、2人のおばちゃんの写真が

載っていた。


北国の駅前あるいは、駅裏に、こんな庶民的な食堂は

いくらでもあった。

北海道の小樽駅と函館駅とかの

いろんな大衆食堂の情景が浮かんでくる。

あの大衆食堂も、もう、ないのだろうか?

「絶滅危惧種食堂」とは、ちょっと、さびしい。

ちなみに、一二三食堂は、いま喫茶一二三になって、

同じ場所にあるという。

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by kitanojomonjin | 2016-11-24 13:20 | 津軽 | Comments(0)

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「郷愁の詩人 与謝蕪村」という本を読んだ。

実は、この本の中で、詩人・萩原朔太郎が

蕪村について、最大の評価をしているのだ。

冒頭、こんなくだりがある。

「君あしたに去りぬ。

ゆうべの心千々に何ぞ遥かなる。

君を思うて岡の辺に行きつ遊ぶ。

岡の辺なんぞかく悲しき。

この詩の作者の名をかくして、明治年代の

若い新体詩人の作だと言っても、人は決して

怪しまないだろう。

これが、江戸時代の俳人与謝蕪村によって

試作された新詩体の一節であることは、

今日僕らにとって異常な興味を感じさせる。」

さらに、萩原朔太郎は、そこに、

「新鮮な、浪漫的な、多少西洋の詩とも共通する

ところの、特殊な水々しい精神を感ずる」とまで

言っているのだ。

この朔太郎の蕪村論は、目からうろこの衝撃を与える。

ちなみに、今年は、蕪村生誕300年にあたる。

あらためて、蕪村再発見のときかもしれない。

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by kitanojomonjin | 2016-11-22 18:29 | 人生 | Comments(0)

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葱買(こう)て枯木の中を帰りけり


与謝蕪村の冬の句である。

この句を詩人の荻原朔太郎は、

絶賛して、つぎのように語っている。

「枯木の中を通りながら、郊外の家へ帰っていく人。

そこには葱の煮える生活がある。

貧苦、借金、女房、子供、小さな借家。

冬空に凍える壁、洋燈、寂しい人生。

しかしまた何という泌泌とした人生だろう。

古く、懐かしく、物の臭いの染みこんだ家。

赤い火の燃える炉辺。

台所に働く妻。

父の帰りを待つ子供。

そして葱の煮える生活!

それは人生を悲しく寂びしみながら、

同時にまた懐かしく愛しているのである。

蕪村のポェジイするものは、

人間生活の中に直接実感した侘びであり、

この句のごときはその代表的な名句である。」

たしかに、この句には、

独特の味わいがある。

いまころの季節に、ぴったりである。

さらに、萩原朔太郎がここまで、蕪村を高く評価するのも

びっくりである。

知らなかった。

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by kitanojomonjin | 2016-11-21 13:57 | 人生 | Comments(0)

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先日、田邊優貴子さんの南極の湖底にもぐる話を

ラジオで聞いた。

彼女は、青森高校出身で、京大を卒業後、

現在、極地研に所属している。



驚いたことに、

南極にも、氷の下に湖がある。

そこには、光線の具合で、紫色にみえる世界がひろがり、

ミニ針葉樹のような藻が、

一面に広がっているという。

とても、この世のものとは思えない神秘的な世界だ。


この光景が、実は、およそ30億年まえの地球の

酸素発生型の光合成ができる生物の姿だという。

葉緑体の祖先といわれるシアノバクテリアなのだ。


30億年まえの地球を思わせる光景が、

ひっそりと南極の氷の下の湖底に眠っているとは、

考えただけでもワクワクする話である。


彼女は、いま第58次南極観測隊の一員として、

南極に向かっている。

彼女が、もどってくる再来年の2月。

そのころ、アメリカは?

日本は?

そして、アジアは

どんなふうに、さまがわりしているのだろうか?

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by kitanojomonjin | 2016-11-17 15:19 | 人生 | Comments(0)

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今年9月の三内丸山のお月見のときのワークショップで

縄文のポケモンをつくろうと呼びかけたら、

大盛況だったことは、このブログで何度もふれた。

実は、ポケモンのなかでも、人気の高いのは、

リザードンなど、翼をもった怪獣である。

子どもたちは、いろんな翼を持った造形を作っていた。

それはそれで、なかなか面白かった。


そこで、ふと考えた。

土偶の中で、翼とか空とかに対するイメージを

感じさせるものは、

あるだろうか?

土偶は、あくまで、母であり、大地に足をつけたイメージである。

真逆であるようだ。

だが、待てよ。

三内丸山で最も多く出土する十字型の土偶。

あれは、空を飛ぶ鳥のイメージにつながらないだろうか?

空中を飛翔するムササビのようにもみえる。

十字型の土偶のなぞをもう少し、

多角的に考えてもいいのかもしれない。

子ども達が、熱心に縄文のポケモンづくりをしている

姿をみて、そんなことを感じた。

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by kitanojomonjin | 2016-11-16 13:40 | 縄文 | Comments(0)

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三内丸山遺跡でのワークショップ。

今年は、縄文のポケモンをつくろうと呼びかけたら、

大盛況だった。

それに、触発されて、土偶を配置した

思い思いの写真が、寄せられている。

土偶の縄文人が、21世紀に現れたらどんなふうかな?

現代人は、縄文人から見て、

どんなふうに見えるのかな?

この写真は、いろんなことを考えさせられる。

詳しくは、HPみんなの縄文にも、紹介されています。

HPみんなの縄文
http://www.jomonjin.net

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by kitanojomonjin | 2016-11-15 11:10 | 縄文 | Comments(0)