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1979年秋。

ホテルニューオータニ40階

バー・バルゴー。

当時、31歳の沢木耕太郎は、

引退を表明した藤圭子に、ここで

インタビューを

試みる。

最初は、すれ違いだった

ふたりの会話は、

ウオッカ・トニックを

重ねるうちに、核心に迫る。


藤がいう。

「あたし、二つの歌を殺してしまったんだ。

とてもすばらしい歌を、

自分の手で死なせちゃったの。

歌が歌手の子供だとすると、

自分の子を殺してしまったわけ。」


そのひとつが、

阿久悠作詞の「別れの歌」。

小さな声で、藤が歌った。

「夜空は暗く 心も暗く

さびしい手と手 重ねて汽車に乗る

北は晴れかしら それとも雨か・・・

愛の終わりの 旅に出る二人」


強い潔癖症が、彼女を自死に

追い込んだのか。


今となっては、闇の中だが、

すくなくとも、ここには、

34年前の、激しく純粋な藤圭子がいる。


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by kitanojomonjin | 2013-12-30 15:45 | 人生 | Comments(0)

えりも岬 2013年12月28日

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「新・平成の伊能忠敬」という

万歩計をはじめて、1年9ヶ月。

東京を起点にして、

日本の海岸線を北上し、

いま、ようやく北海道のえりも岬あたりに

差しかかった。

えりも岬といえば、森進一の「襟裳岬」。

「襟裳の春は何もない春です」で

一躍有名になった。

地元では、「なにもない」に反発して

一時、抗議の動きもあったとか。


じっくり、歌詞をみてみると、

どうもそれは、誤解のような気がする。


まず、「北の街ではもう悲しみを暖炉で

燃やしはじめてるらしい」ではじまる。

2行おいて、

「黙りとおした歳月を

ひろい集めて暖めあおう」から、

「襟裳の春は何もない春です」へ

一気になだれこむ。


「悲しみ」とか「「黙りとおした歳月」が

リセットされたあとの

「なにもない春」の印象が強い。


そして、そこには、

北海道のつきぬけた海と空が感じられる。


現代において、中途半端なものがない

「なにもない」ことほど、

すばらしいことはないのではないか?


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by kitanojomonjin | 2013-12-28 16:15 | 旅の街角から | Comments(0)

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東北新幹線の車内誌「トランヴェール」に

タラの白子の料理が紹介されていた。

青森では、「じゃっぱ汁」がおなじみ。

函館では、「タラの松前焼き」が名物とか。

いよいよタラ料理のシーズンである。


白子で、思い出すのは、

映画「おくりびと」の中で、

山崎努が、実においしそうに、

フグの白子の焼いたのを食べるシーン。

熱いのをフーハーフーハー言いながら、

食べる姿が忘れられない。

そして、こんなセリフをいう。

「フグの白子は、炙って塩で食うと美味い。

白子は美味いんだよな、

困ったことに。」


「美味いんだよな、困ったことに。」という

セリフが絶妙である。

タラの白子も、

「美味いんだよな、困ったことに。」


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by kitanojomonjin | 2013-12-26 16:56 | 人生 | Comments(0)

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先日、ゲルハルト・オピッツの

ビアノ演奏会に行って来た。

4年8回にわたるシューベルトの

連続演奏の最終回にあたる。

圧巻は、シューベルトのピアノ・ソナタ第21番変ロ長調。

「悲しみの中を歩め」

そんな声が聞こえてくるようだ。

胸をわしづかみにするような

旋律が続く。

演奏の終わった後、オピッツは

にっこり笑った。

はじめてみるマエストロの達成感の

こもった笑顔だった。

毎年12月、4年間にわたる連続演奏会も

これで終わるかと思うと、ちょっぴりさびしい。


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by kitanojomonjin | 2013-12-24 14:14 | クラシック | Comments(0)

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津軽もいよいよ冬本番の気配が

濃厚になってきた。


まず、車窓に見える岩木山と、

その手前の風雪除けの柵。

まもなくこの棚に板やわらが張られ、防風雪のお役目を果たす。

本格的な冬に突入すると、岩木山もこの柵も、

地吹雪で、見えなくなってしまうだろう。


そして、青森市内のビル街で見かけた

鮮やかに色づいたナナカマドの実。

この実が、雪の中から、わずかに顔を

のぞかせるようになるのも、

時間の問題である。


いずれも、

間近に迫る本格的な冬の到来を予感させる。


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by kitanojomonjin | 2013-12-20 12:48 | 津軽 | Comments(0)

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突然ながら、

今週の水曜日、

弘前大学で、「北のまほろばと津軽再発見」

というシンポジウムが開かれる。

司馬遼太郎さんの街道をゆく・シリーズの

「北のまほろば」が執筆されてから、

早いもので来年で20年。

司馬さんが、北のまほろばといった

青森・津軽の魅力とは何か?

来年3月ごろ発行予定の

津軽学第9号は、特集として

「北のまほろばと津軽再発見」を

取り上げることに。


弘前大学地域社会研究科とジョイントで、

18日(水)よる6時から、弘大の中の

コラボ弘大8F 八甲田ホールで開かれる。

入場無料。

関心のある方は、

ぜひご参加を。

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by kitanojomonjin | 2013-12-16 13:44 | 津軽 | Comments(0)

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先日、弘前の知られざる

岩木山をのぞむスポットを

案内してもらった。

相馬村の奥。

水木在家という場所。


以前から、「水木在家」行きのバスを

眼にして、面白い地名だと思っていたが、

どこにあるか分からなかった。

相馬村の奥に、その場所はあった。

岩木山が、不思議なほどいきいきと

見えた。

春先の新緑のときは、特に、素晴らしいという。

桃源郷のような趣であるという。

その季節に、もう一度、来てみたいものである。


この日の夜から、

津軽は、吹雪になり、

一面の銀世界になった。


いよいよ本格的な冬の始まりである。


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by kitanojomonjin | 2013-12-13 12:39 | 津軽 | Comments(0)

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渋谷区猿楽町の旧朝倉家住宅を

見てきた。

東急東横線の代官山下車5分のところ。

大正8年に、地元の有力者・朝倉虎治郎によって

建てられた和風建築。

台地の端に屋敷を構え、斜面に庭をつくるという

典型的なスタイルである。

ここの説明書にも、「崖線」ということばが

登場する。

「崖」の端に建つ屋敷から、

かつては、富士山がきれいに見えたという。


もう一つの特徴は、屋敷につらなって、蔵があること。

実に立派な蔵である。

材木や米を商っていたという朝倉虎治郎の

面目躍如たるものである。

よく見ると、蔵の外壁一面に

規則正しく付いているのは、

たくさんの鉤(カギ)。

これは、火事になったとき、濡れわらを

巻きつけるためのものだとか。

知らなかった!


殿様や財界人の別荘とは、

一味違ったおもむきの建物である。

その意味で、重要文化財に値するのだろう。

関東大震災以前に建てられた

貴重な和風建築である。

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by kitanojomonjin | 2013-12-09 12:34 | 旅の街角から | Comments(0)

鎮魂の馬 2013年12月5日

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「あおもり草子」の最新号が届いた。

今回は、馬の絵を描いている画家

久保田政子さんの特集である。

久保田さんは、青森県八戸市出身。

79歳の今も、現役で絵筆を握っている。

馬を描くようになったきっかけを

このように、語っておられる。

「40年前、白いカンバスに海を描こうと

水平線と海と砂浜を決めているとき、

どこかの線が馬の目の位置にみえた。

・・・・・・・・・・

不意に一頭の馬がふりむいた。

試すようにみすかすように、

まっすぐな目で

そして悲しむような目で私をみた。」


「その馬たちが一頭も戦場から

帰ってこないと識ったとき悲しかった。

澄んだ眸が哀れだった。

その馬たちの鎮魂のために

一万頭描こうと決めた。」


印象的な話である。

それにしても、

久保田さんが、海岸で見た馬は、

実物だったのか、幻想だったのか?


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by kitanojomonjin | 2013-12-05 12:53 | カルチャー通信 | Comments(0)

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        「青淵文庫」(上)   「晩香廬(ばんこうろ)」(下)

   

飛鳥山を訪ねたのは、

実は、ここが、かつて、渋沢栄一の

邸宅があったところで、

ゆかりの建物が残っているためである。

「青淵文庫(せいえんぶんこ)」と「晩香廬(ばんこうろ)」

というふたつの建物が、残っていた。

「青淵文庫」は、往年の書庫。

「晩香廬(ばんこうろ)」は、

蒋介石など海外からの賓客も招かれた洋風茶室だという。



それにしても、渋沢栄一というひとは、

不思議な人だ。

埼玉県深谷市に生まれ、尊皇攘夷運動に傾倒。

ところが、縁あって、一橋慶喜の家来になる。

明治にはいると、大蔵省に入り、まもなく辞職。

その後、第一国立銀行の経営を振り出しに、

実業界・社会事業・教育界に

八面六臂の活躍をした。

まさに、明治の巨人といえる。


ちなみに、ゆかりの屋敷が、

青森県の古牧温泉に移築されているらしい。


飛鳥山は、空襲で、渋沢栄一晩年の邸宅が

消失していることもあって、

もう一つ、巨人・渋沢栄一の人柄(気配)を

感じ取れなかった。


いずれ、三沢市の古牧温泉にある屋敷を

じっくり見てみたいものである。


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by kitanojomonjin | 2013-12-03 12:30 | 旅の街角から | Comments(0)