<   2007年 07月 ( 23 )   > この月の画像一覧

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縄文人の装身具ほど魅力的なものはない。

ひとつひとつ何のためかを想像するだけで楽しい。


A number of fanciful personal ornaments of Jomon People

Jomon People mixedup clay,chipped a stone and

made holes to create personal ornaments. They had

varios creating ways according to materials. It

seems that they had something in the deed of

personal adorning which is commonn in the under-

current of moderns life.


お洒落な縄文装身具の数々

土をこね、石を削り穴を穿つ。作り方は素材によって

様々であろうが、装うという行為には、現代人の生活の

底流に共通する何かがあると思われる。

縄文ファイルは、1部300円
お問い合わせは、
 NPO法人縄文発信の会事務局
     017-773-3477




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by kitanojomonjin | 2007-07-29 16:09 | 英語で縄文 | Comments(0)

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三内丸山遺跡からは、思いがけないものが、

出土している。

普通は、絶対残らない有機質のものが、

泥炭層から、発見された。

縄文の織りも、その一つである。


A fragment of the oldest plain fabrics in Japan

A sort of the oldest plain fabrics was dug up at

peat deposits in a dale of the first term in Jomon

Age. It was about 5,500 years ago. A sewing needle

was also excavated. It looks that Jomon people

made clothes.

日本最古の平織り(?)の断面

縄文時代前期(約5500年前)の谷の泥炭層から、縄文時代

最古級という平織りの一種が出土した。縫い針も出ており、

縄文人は衣服を作っていたと見られる。

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by kitanojomonjin | 2007-07-29 16:06 | 英語で縄文 | Comments(0)

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アメリカのライス国務長官の半生記である。

なかなか面白い。

コンドリーザ・ライス。

その名前のコンドリーザの由来は、音楽と深く結びついている。

音楽愛好家であり、ピアノとオルガンの演奏家の母親が、

イタリア語の「コン・ドルチェッツァ」から発想したという。

それは、「甘美に」演奏するよう指示する音楽用語だった。

かくして、コンドリーザ・ライスは、これまでの人生において

二つのことに情熱を傾けてきたという。

それは、音楽とロシアであった。

14~15歳のころ、音楽家として生きていくことに

限界を感じ、国際政治学でロシアを専攻する。

彼女は、めきめき、その方面に才能を発揮する。

それはまさに、「歴史が日々更新され、実際的で

刻々と変化する分野」だった。

彼女は、1989年、ブッシュ(今のブッシュ大統領の父)と

ゴルバチョフの会談に同席する。

アメリカの有数なロシヤ研究専門家として。

黒人であること、女性であること、若いこと。

いずれも負い目にせず、彼女は頑張った。

「学生の頃は、いつの日か自分が、冷戦の終焉という

現代政治におけるもっとも歴史的な一場面の表舞台に

立つなどとは夢にも思っていなかった」という。


彼女の大学時代の国際政治の師は、ジョセフ・コーベル

だった。

興味深いことに、コーベルは、チェコの外務大臣であった

ヤン・マサリクの秘書だった。

ユダヤ人だったため、その後、ヒトラーの時代に

アメリカに亡命する。

彼女の外交政策観の根底には、

モーゲンソーの現実主義があるというのも興味深い。

彼女は、モーゲンソーの

「国家は世界中にイデオロギーの大義を

押し付けようとしてはならないという考え」に共感したという。

国際政治学者モーゲンソーというと、勢力均衡論が

すぐ思い出されるが、理想主義論を抑制する意味で、

彼の現実主義が、特にアメリカで、その存在意義を発揮して

いたということだろうか。


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by kitanojomonjin | 2007-07-29 16:04 | 人生 | Comments(0)

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津軽「場のちから・地の記憶」というシンポジウムが

8月4日(土)午後2時から、弘前大学で開かれる。(無料)

実は、今年秋・刊行予定の「津軽学」第3号の特集の

テーマが、「場のちから・地の記憶」である。

このシンポジウムの模様も、津軽学3号で紹介される。

当日の講師は、民俗学者の赤坂憲雄さんと

美術評論家の針生一郎さん。

津軽の場のちからについての、とても濃いお話が期待される。

関心のある方は、事務局まで。

 津軽に学ぶ会事務局 tel.017-773-3477


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by kitanojomonjin | 2007-07-29 15:52 | 津軽学 | Comments(0)

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中国の旅から戻って、宮本輝の「ひとたびはポプラに臥す」を

もう一度読み直してみた。

第一巻は、ちょうど西安から、敦煌の方向へ向かう旅だった。

改めて読むと、キラリとした言葉が光る。

「戦後まもないころの日本人と、1995年の

西安からタシュクルガンへ至るシルクロードに

生きる人々の表情には共通したものがあった。」


またこんなくだりもある。

「多くの費用と時間を使って外国をほっつき歩いて、

私がわかったのはたったひとつ。

外国人というものは、どうもよく分からないということである。」

矛盾しているようだが、どちらも中国へ行って

共通して感じさせられることである。


そして、以前も引用したが、この言葉が最も輝いている。

「日本の殺伐としたシステムと生活にあって、

私たちは多くのものを失いつづけているが、

静かに深く考える時間、

静かに深く感じる時間の喪失は

極めて重要な問題だと思う。

シルクロードの過酷な日々にあって、私は

静かに深く考える時間、

静かに深く感じる時間を

取り戻したような気がする。」

そうだよねえ。

さすが作家。

中国の旅の魅力の大きな部分を言い当てている。


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by kitanojomonjin | 2007-07-21 17:15 | 旅の街角から | Comments(0)

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(飛天のような雲が)
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(漢の時代の万里の長城あと)

中国の敦煌の旅から、一ヶ月。

まだ旅の思い出が、鮮烈に残っている。

一番西、漢の時代の万里の長城のあとを訪ねた。

「この先に、何があるんでしょうね。」

○○砂漠という名前を想定して、何気なく聞いた。

中国人のコーディネーターの人が答えた。

「匈奴です。」

そうか。

匈奴の世界が広がっていたのだ。

匈奴に対する恐怖ー

それが、万里の長城という壮大な遺跡を生み出した。

この先のシルクロードへ足を踏み入れてみたいと思った。

いつか実現したい。


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by kitanojomonjin | 2007-07-21 17:10 | 旅の街角から | Comments(0)

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私の友人が、「ひらめきのマジック」という自費出版の

小冊子を送ってきた。

永年、広告会社に勤め、アイデアの秘密を

まとめたものである。

その中に、こんな体験談が記されていた。

入社して20年くらいたって、彼は思い立って、

敬愛する社長のお墓参りに行ったという。

彼はもともと広告人としてユニークな社長の人柄に惚れて

入社した。

そのとき社長が亡くなって、30年近くたったころだった。

思いがけなく、一通の礼状をもらう。

そのときのいきさつは、こんな具合である。

「墓参を済ませてから数日後のこと、

あるご婦人から一通の葉書をいただきました。

当時、社長夫人がご健在で、墓参された方に

礼状をお書きになったものであることが

後でわかりました。

お礼状をいただいた理由は、墓参の時に名刺受に

自分の名刺を入れてきたのが原因と思われます。

当時84歳というご高齢にもかかわらず、

墓参した一社員にまでも、礼状を直筆でお書きに

なっていることを知り、私はまた新たな感動を覚えました。」

その元社長夫人からいただいた葉書は、

彼の宝物として、大切に保存しているという。

夫の死後、30年たっても、墓参者にていねいな礼状を

したためる夫人とはどんな人なのだろうか。

その筆遣いが美しい。

こころに残る話である。


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by kitanojomonjin | 2007-07-21 17:08 | 人生 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

きょうは、暦の上で、大暑。

もうそろそろ梅雨も明けて欲しいもの。

ところが、東京はあいにくのどんよりした空。

梅雨は明けて欲しいし、あのうだるような暑さは

いやだし、複雑な気分だ。

散歩道の芙蓉は、完全に夏休みの季節のモードに

入っている。

芙蓉と並んで、この季節忘れられないのは、

真っ赤な夾竹桃の花。

大阪にいた頃、てりてりの太陽の下、通勤路に

夾竹桃の紅い花が咲き乱れていた。

そろそろ京都の祇園祭が始まり、われわれ

転勤族は、異動の内示をもらう。

内示をもらって、祇園祭を見に行った夏を思い出す。

結局、関西は自分にとって、遠い存在だったのではないか。

そんな思いで、道行く人々を見ていた。

なにかけだるい季節の思い出である。


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by kitanojomonjin | 2007-07-21 17:05 | 季節の風 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

先日、駒込の東洋文庫を訪ねた。

そのついでに、近くの六義園を覗いてみた。

典型的な日本庭園である。

そこで、今年初めて、蝉の鳴き声を聞いた。

木々の緑も、眼に鮮やかだった。

江戸時代、柳沢吉保の邸宅だったという。

池の大きな鯉を見たとき、ふと昭和の宰相

田中角栄も、鯉が好きだったなと、脈絡もなく思った。


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by kitanojomonjin | 2007-07-21 17:04 | ブロギニストの散歩道 | Comments(0)

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(月と三内丸山遺跡)

赤坂憲雄さんの「岡本太郎の見た日本」の続き。

岡本太郎の「沖縄文化論」の結語には、次のような言葉が

記されているという。

「さて、私の沖縄旅行も終わるのだが、この南の素っ裸の島から、

遠くふりかえってみると、私は、日本を深い歴史の層の下から、

あらためて再発見する思いだった。

日本全体も、本当はこのように素っ裸なのだ。

私は沖縄を見るまでは、日本文化の上っ皮にかぶせられた

デコレーションに、やはりまどわされていたようだ。」


ふと、司馬さんが、「街道をゆく」で津軽にこられたとき、

「この地の地下三尺には、太古が眠っている。」

と書かれた事を思い出す。


津軽をはじめ東北の旅をまとめた、岡本太郎の「神秘日本」の

しめくくりは、次のように終わっているという。

「いわば仏教以前の心性にひそむエネルギーを追究した。

この民族の、熟していながら粗野であり、

繊細でありながら強烈な魂に、

私は限りなく打たれるのである。」


今年の夏、私は、津軽観音巡礼の道を訪ねる。

3年目の旅になる。

これで、33ヵ寺を訪ね、ひとまず、完結する。

常に、津軽という土地の裸の姿を見たいと思ってきた。

はたして、うまくいくのか。

いつも、不安になる。

でも、今年は、岡本太郎の言葉に元気づけられて

出かけることにしよう。


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by kitanojomonjin | 2007-07-21 15:55 | 津軽学 | Comments(0)