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島崎今日子の「この国で女であること」(ちくま文庫)を

読んだ。

「アエラ」に掲載された人物ノンフィクション「現代の肖像」

20本から構成されている。

インタビューの名手といわれるだけあって、ことばが重い。

白石加代子の早稲田小劇場の舞台「劇的なるものをめぐってⅡ」

も登場する。

1970年に初演されたという。

初演かどうか覚えていないが、これを見た鮮烈な

記憶が残っている。

白石の現在の夫・深尾は、東京で上演される限り

妻の夜の舞台は必ず観るという。

「40日あれば40回観る。

1公演中に3回か4回、劇場全体が幸福になれる日がある。

身体中に血が駆けめぐり、エクスタシーを感じる。

その瞬間を見逃したくない。

深尾にとって、白石は、なしえなかった夢や志を

実現してくれる我々のプライドである。」

このほか重信メイや、辛淑玉が登場する。


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by kitanojomonjin | 2007-01-31 20:19 | 人生 | Comments(0)

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(霜の朝・ブロギニストの散歩道から)

先日、ラジオで、北海道の旭川の動物園の園長の

話を聞いた。

冬の動物園の話が印象的だった。

冬の雪の降った日に、キリンの肩から湯気が立ち上り、

蜃気楼ができるという話。

凍りついた大地をキリンがそろりそろりと歩くすがたは、

まるで、キリンが、スケートをしているように

優雅な姿だということ。

積もった雪をゾウが喜び、鼻で器用に雪玉を作り、

飼育係に投げつけてくる話。

いずれをとってもはじめて聞く興味深い話である。

かくして、動物園の園長さんにとって、冬の動物園が

一年のうちで一番好きな季節だという。


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by kitanojomonjin | 2007-01-31 19:45 | カルチャー通信 | Comments(0)

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先日の毎日新聞で仏文学者の鹿島茂さんが

面白いことを書いていた。(1月28日付け)

鹿島さんの好きなことは、

パリのカフェのテラスに座って、

行きかうパリジェンヌを眺めることだという。

「この世でもっとも新しいもの、それは、

とことん時代遅れになったものの中にしかない」

これは、皇妃ジョセフィーヌの衣装係の女性の

ことばだという。

「カフェのテラスから観察していると、この言葉の

真実性を実感できる。

パリジェンヌたちはそれぞれ勝手に

とことん時代遅れになったものの中から

新しいモードを見つけだしてくる生まれついての

デザイナーなのだ。」


確かに。

パリのカフェで道行くパリジェンヌを

みていると、こんなにつつましくこんなに地味な

人々が、時代のモードの最先端をゆく不思議を感じる。


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by kitanojomonjin | 2007-01-30 16:39 | 旅の街角から | Comments(0)

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(仙川・ブロギニストの散歩道から)

「異郷の季節」(1月27日付け)の続き。

「異郷の季節」の最後に、最晩年のサルトルの

発言が紹介されている。

1968年の五月革命の後のサルトルの発言について。

「彼は、あらゆる意識は同時に他者の意識として

自分を構成するといい、たとえ一人ぼっちで

部屋のなかにいたとしても、自分をとりまくすべての物は

他者に作られたのであって、それを通して他者の存在を

感じないわけにはいかない、という趣旨のことを

述べている。」

これは、驚きである。

「存在と無」以来、堅牢に構築されてきた他者との相克に

もとずく彼の哲学とは、かなり異質である。

サルトル研究家である著者は、驚きつつも

次のように評価している。

「サルトルは、その努力と老いとによって、最後にごく平凡な

他者感覚を、

だがまだバスティーユに赴く1789年の大革命当時の群衆や、

1968年5月の街頭にあふれた無名の大衆のモラルにも

通じる他者感覚の一端を、垣間見たのだろう。

私に感慨を与えるのはそのことである。」

著者は、このようなことばで、最後を締めくくる。

「サルトルの死後、私はモンパルナス墓地にある

彼の質素な墓を何度か訪れたが、そのたびに

私が自分の生涯を変えた彼への感謝とともに

反芻していたのは、

むしろ「希望」ではなくて、

希望を語ることの困難さであった。」

苦いが、重みのあることばだ。


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by kitanojomonjin | 2007-01-29 14:21 | カルチャー通信 | Comments(0)

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カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」を

読んだ。

一見、学園の思い出が、344ページのうち、

200ページまで続く。

200ページ目で初めて、単なる学園でない

事情が明らかになる。

そしてどんどん切なさがつのってくる。

主人公のキャスとトミーの別れの場面。

トミーが、キャスに語りかける。

「どこかにある川で、すごく流れが速いんだ。

で、その水の中に二人がいる。

互いに相手にしがみついている。

必死にしがみついているんだけど、結局

流れが強すぎてかなわん。

最後は手を離して、別々に流される。

おれたちって、それと同じだろ?

残念だよ、キャス。

だって、おれたちは最初から愛し合っていたんだから。」

最後のシーンはこんな感じで終わる。

「そのあと、わたしたちは軽くキスを交わし、わたしが

車に乗り込みました。

わたしはバックミラーで見ていました。

トミーが長い間そうして立っていて、最後の瞬間、

もう一度手を上げるのがぼんやりと見えました。」

これが、二人の永遠の別れになる。

SFのようなストーリーだが、普遍的な

愛の物語になっていてこころを打つ。


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by kitanojomonjin | 2007-01-25 18:27 | カルチャー通信 | Comments(0)

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ふたたび「異郷の季節」を読んでいる。

1968年パリの五月革命の雰囲気が

活写されている。

パリに暮らす不思議な人が登場する。

十年一日のごとく図書館に通って、

敦煌文書を研究している不思議な中国人に

ついては、既に触れた。(去年の9月28日付け)

さらに、セーヌ河岸で露店の古本屋の一老人の話。

ルフェーブルという1920年代の思想家の資料を

探していた著者は、1920・30年代の本なら

この人に聞けとすすめられて、2日がかりで

この老人を探し出す。

「立派な店を構えた古本屋も、ときには名前さえ

知らない場合があるというのに、大道に並べた箱に

無造作に古本をつめて、その横にぼんやり座っている

この汚い老人が、自分の家の倉庫にはちゃんと

ルフェーブルの本をしまっていると知ったとき、

私はつくづくフランスとは不思議な国だという

感慨に襲われた。

今でもこの老人は、セーヌ河岸で陽を浴びながら、

本の番をしているのだろうか。」

フランスという国の内懐の深さだと思う。


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by kitanojomonjin | 2007-01-25 18:21 | カルチャー通信 | Comments(0)

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先週末、津軽に帰った時の話。

弘前の紀伊国屋書店で、今週のベストセラーを見た。

「津軽学」2号が、3位に入っていた。

「津軽学」2号の詳細については、1月6日付けの

このブログで紹介した。

あえて、青森の本屋さんだけに置いている。

うれしいことに、連動して「津軽学」創刊号も売れているという。

去年の創刊号は、発売のあと、4週間ほど

トップの座を占めた。

今後が期待される。


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by kitanojomonjin | 2007-01-23 17:44 | 津軽学 | Comments(0)

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青森市の、お世話になっている企画集団ぷりずむを

訪ねた。

ちょうど、事務所が引越しの真っ最中だった。

青森駅のお菓子屋さんに飛び込み、差し入れのケーキを

買った。

感じのいい女性が、「何かメッセージをつけますか」と

きいたので、無理かなとおもいつつ、

「引っ越し祝いとお願いします。」

と答えた。

3分ほどして出来上がってきたのは、

ごらんのようなチョコレートのプレート。

なかなか味のある字である。

 このささやかな差し入れが、「ぷりずむ」のみんなにも

喜んでもらえた。

飛び込みで、センスのいい人に出会えるとうれしくなる。


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by kitanojomonjin | 2007-01-23 17:39 | 津軽 | Comments(0)

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先週末、久しぶりに、津軽に帰った。

今年は、例年に比べて、まったく雪が少ない。

この時期に、道路が見えていた。

そして、岩木山はあくまでも、美しかった。

図書館の隣の弘前市郷土文学館で

陸羯南の展示会が開かれていた。

今年は、弘前出身の明治の言論人陸羯南の

生誕150年、没後100年に当たる。

これにちなんで、1年間にわたって、展示を

すると言う。

8分間のビデオがよくまとまっていて、面白かった。
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by kitanojomonjin | 2007-01-23 17:28 | 津軽 | Comments(2)

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(ブロギニストの散歩道から)

「神秘のモーツァルト」の続き。

フィリップ・ソレルスは、ふたつのピアノ四重奏曲を

挙げる。

K.478 ト短調のピアノ四重奏曲

K.493 変ホ長調のピアノ四重奏曲

「あのふたつの四重奏曲は、内面の成熟と

創作がおおいに進展した1785年に書かれている。

フィガロの結婚と同時代であり、ヨーゼフ・ハイドンに

うやうやしく捧げられた、6つの弦楽四重奏曲のあとに

つづくものだ。

弦の動きの、その深みに耳を傾けるがいい。」

さらに言う。

「ト短調、変ホ長調。

モーツァルトにおける本質的なふたつの調だ。

熱狂と静謐、

力と叡智。」

ここで、突然のようだが、ランボーの言葉が登場する。

「このような言語は、魂から魂へとむかうものであって、

匂いも、音も、色も、いっさいを要約すると同時に、

思考を引っかけては引き寄せる思考からなるものです。」

そして、結論付ける。

「ランボーとモーツァルトは、おなじことを語っている。」

ランボーは1891年、37歳で死んでいる。

モーツァルトは1791年、35歳で。

モーツァルトとランボー。

不思議な連関性である。



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by kitanojomonjin | 2007-01-16 17:57 | モーツァルト | Comments(0)