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甚多古 2006年10月3日

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(「五木寛之の百寺巡礼・ガイド版」より)

先日、久しぶりに、青森の甚太古に行って、

西川洋子さんの話を聞いた。

西川さんは、知る人ぞ知る津軽三味線の奏者

高橋竹山の弟子である。

今は無き竹山の思い出を問わず語りに話してくれた。

田舎を門付けしていても、なかなか生活できない。

そこで、竹山は、考えた。

町へ出て、人通りのあるところで演奏しよう。

当時の三味線の糸は、とても切れやすかったという。

じゃん、じゃんと短く弾いて、道ゆく人々の関心を

つなぎとめ、低く短い節をときどきうなる。

それが、放浪芸・津軽三味線のスタートだったという。

いかに人々を引き付け、芸を聴いてもらうか。

そのハングリー精神が、芸人高橋竹山の原点だった。

西川さんは、普段聞けないとっておきの話を

ぽつりぽつりと話してくれた。

西川さんもそろそろ芸談をまとめる心境に

なっているのかもしれない。


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by kitanojomonjin | 2006-09-28 17:39 | 津軽 | Comments(0)

暗闘 2006年10月2日

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「暗闘~スターリン、トルーマンと日本降伏~」という

本を読んでいる。

結構分厚いが、なかなか面白い。

著者は、ロシア史の研究家であり、アメリカ国籍をとり、

現在カリフォルニア大学の教授である。

従って、日本人であり、アメリカ人であり、ロシア史の

研究家であるという。

新しいロシア・アメリカ・日本の資料を駆使して、

日本の終戦が、どのような政策決定過程をたどったかを

克明に見ていく。

最終章のことばが、この本の姿勢をもっともシンボリックに

現わしている。

「太平洋戦争終結のドラマには、英雄もいなければ、

悪者もいない。

これに関わった指導者たちは生身の人間であった。

言いかえれば、それぞれの欲望、恐怖、虚栄心、怒り、

偏見をもって決定をなした人間たちのドラマであった。」


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by kitanojomonjin | 2006-09-28 17:33 | カルチャー通信 | Comments(0)

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「異郷の季節」という本を読んでいる。

みすず書房から、1986年に出た本。

著者はサルトル研究の仏文学者。

フランス滞在時代の思い出を書いたエッセイ集だが、

なかなかいい味の文章である。

なかでも、「書物を流れる歳月」は、圧巻。

パリの国立図書館に通っていた頃、

其処で出会ったユニークな人々について

触れている。

腰巻の萩原延壽氏の評が、見事にこのエッセイの

面白味を活写している。

「敦煌文書の解読にいそしむ老中国人、

モスクワ裁判の究明に執念をもやす老アナキスト、

かれらとの一期一会のゆかりを著者は感動的な

筆致で語っているが、われわれが「精神の共和国」の

存在にかすかな希望をつなぎうるのは、かかるしめやかな

友情の姿に接したときであろう。」

このほか、パリのセーヌ河をはさんで、右岸と左岸の

違いを次のように見事に表現している。

「以前は、もう少し右岸は右岸らしく、

左岸は左岸らしかったのであって、

敢えてその特徴の一面を強引に拡大して抜き出してみれば、

右岸にはお金と生活があり、

左岸には空想と観念があった、とでも言ったらよいだろうか。」

なるほど。

ときあたかも、左岸で、五月革命が火を吹いた頃だという。

それにしても、読めば読むほど、この著者は

只者で無いような気がする。


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by kitanojomonjin | 2006-09-28 10:07 | 人生 | Comments(0)

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先日、日経新聞に載っていた「現代セルフポート」という

シリーズの写真が気になった。

ナン・ゴールデンという女性の写真集「性的依存の

バラード」(1986)の一枚。

こんな解説がついている。

「ことの後にベッドの隅で煙草をふかす男を見上げる

自分の姿」

とてもドラマチックでけだるい雰囲気のいい写真だ。

でも、ちょっと待てよ。

この写真は、どうやって撮ったのだろう。

ベットに寝ている彼女は、延長コードでシャッターを

伸ばして、撮影したのだろうか。

構図といい、ライティングといい決まりすぎている。

だいたい、こんな写真を撮るために、ことに及ぶのだろうか。

ことの後に偶然に撮影したにしては、できすぎている。

でも、そんなことに、こだわる必要はなく、写真が

すべてということなのか。


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by kitanojomonjin | 2006-09-23 17:04 | カルチャー通信 | Comments(0)

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最近新聞で、気になる写真。

タイのクーデターで、

国王に拝謁する陸軍司令官の写真。

実に不思議な感じがした。

タイは、もともと「独裁的温情主義政治」の

伝統があるという。

プミポン国王は国民から絶対的尊敬を集めており、

クーデター側は、その威光を利用するため

意図的にこの写真を公表したといわれる。

この一枚の写真の現在のタイのありようが

すべてこめられているような気がする。


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by kitanojomonjin | 2006-09-23 17:01 | カルチャー通信 | Comments(0)

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先日、親しい友人から、「句集スパイラル」という

本をもらった。

阿川マサコという中年の女性の川柳集である。

その句は、どきりとさせるものが多い。

どんな生い立ちの人なのか一切分からない。

時実新子を敬愛しているという。

例えば、

 「正直に生きた愛した縁切った」

こんなのもある。

  「ずるいのはおあいこ箸を置きましょう」
  
と思うと、こんな素直な句もある。

  「今ここにいる人が好き雨やどり」

しかし、圧巻は次の句である。

女性存在の居直りとけだるさがそこにはある。

  「行き場なき卵(らん)流れ出す熱帯夜」


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by kitanojomonjin | 2006-09-21 13:55 | カルチャー通信 | Comments(0)

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きょうの新聞の一面は、タイのクーデターで持ちきりだった。

実は、先日、ブータンから帰国の途中、

タイのバンコクに立ち寄った。

エステとグルメの情報が乱れ飛び、まさに

資本主義の欲望が、街の中にあふれ出ていた。

それは、素朴なブータンと比べると、

めまいのする体験だった。

ちょうど、国王の誕生日とあって、待ちゆく人が

みな黄色のTシャツを着ていたのが、珍しかった。

しかし、政情がこんなに逼迫しているとは、

みじんも感じられなかった。

街は、アジア的混沌とむっとするけだるさの空気に

包まれていた。

でも、水面下で濁流のように、矛盾が

渦を巻いていたのだろうか。

タイは、これからどこへ行くのか。

欲望と体制が、いま激しくせめぎあっている。


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by kitanojomonjin | 2006-09-20 21:10 | 旅の街角から | Comments(0)

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日曜日の朝、たまたまテレビをつけたら、

「がっこそば」というのを紹介していた。

山形県金山町谷口分校は、およそ10年前に

廃校になった。

その分校の建物をそっくり利用して、そば屋ができた。

その名も、「がっこそば」。

これが、大変な人気で、夏には、一日100人もおとづれるという。

近所の農家の主婦が応援して、

土・日の11時から午後3時まで開店しているという。

なかなか目の付け所がいい。

小さな田舎の集落にとって、分校は心のよりどころ。

運動会には、集落のほぼ全員が参加する。

そのこころのシンボルをみんなで大切にしたいという

気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

今流行の、街中の空き地でパサージュ広場とか屋台団地の

試みも悪くはないが、「がっこそば」のほうが、

はるかに説得性とハートがあるような気がする。


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by kitanojomonjin | 2006-09-18 18:09 | カルチャー通信 | Comments(0)

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先日、日経新聞に、興味深い記事が載っていた。

「3分には訳がある」

カップヌードルは、日本では3分待つのが定番だが、

これは国によってまちまちだという。

たとえば、タイは1分。

技術的には、1分でも3分でも可能なのだという。

これは、驚きである。

事前調査の結果、日本人が待つのに、長くも短くもない

心地よい時間が、3分なのだという。

ヘーである。

そういえば、ウルトラマンの地球でのエネルギーも

3分しか持たない。

公衆電話の一通話も3分だ。

これは、日本人の体内時計と何か関係あるのだろうか。



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by kitanojomonjin | 2006-09-13 12:45 | カルチャー通信 | Comments(0)

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先日、マイクル・コナリーの最新刊「天使と罪の街」を

読み終わった。

相変わらず、新聞記者出身のマイクル・コナリーらしく

捜査調書などのしらみつぶしの文献の読み込みシーンが続く。

その精神は、こうである。

「答えはつねに細部のなかにある。

いまは重要でないと思えることが、のちにきわめて

重要なものであると判明する場合がある。

いまは謎めいて、関係なさそうなことでも、あとで

物事を鮮明に浮かびあがらせる拡大鏡になることも

あるのだ。」

こんなことばもいい。

「どんな人間にも価値がある。

さもなければだれにも価値はない。」

次回作が出るのが待ち遠しい。


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by kitanojomonjin | 2006-09-11 23:02 | カルチャー通信 | Comments(0)