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(ブロギニストの散歩道から)

先日、日経で興味深い記事を見つけた。
(2006年7月29日付け)

「迷ったら捨てる」と題して、
書類の賞味期限の原則が紹介されていた。

「作成してから半年過ぎた文書を再び見る
確率は10パーセント、

一年過ぎた文書を見る確率は1パーセントに
過ぎない」

第二次世界大戦後、肥大化した行政機関の
事務を減らそうとした米政府が実施した書類の
利用頻度に関する調査だという。

これに励まされて、おおいに書類は捨てるぞ。

とはいっても、性分としてなかなか捨てられない。

とりあえず、半年の賞味期限を目途に捨てよう。


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by kitanojomonjin | 2006-07-31 21:11 | カルチャー通信 | Comments(0)

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近藤大介の「東アジアノート」が面白い。

特に、小泉訪朝に2度同行したルポが秀逸である。

著者は、「月刊現代」の編集者なので、その日の

記事を日本に送る必要はない。

その特権を生かして、案内員の目をかいくぐって、

街に飛び出し、一般市民との接触を試みる。

真っ暗で、客がいないデパートとか、軒並み閉店している

レストランとか様々である。

そんな中で、身体で小泉訪朝の脆弱さを痛感する。

「訪朝というのは、禁断の実だ。

参院選を前に、禁断の実に手を伸ばすしか方法が

なかったのである。

 もし小泉首相が本気で拉致問題の解決に

こだわっているなら、日本人拉致の主犯格である

大物工作員の引渡しを要求するとか、

日本側も参加した形で拉致問題調査委員会を

立ち上げるとかいうことを金正日総書記に

確約させたはずだ。

小泉首相にとって拉致問題というのは、所詮は

内閣支持率をアップさせる一手段に過ぎなかったのである。」

厳しいが、一面の真理を突いていると思う。

日本の外交が、ふらふらして一貫性のなさが災いを

もたらしている。

外交は、国家百年を見据えた信念が問われるものだと思う。


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by kitanojomonjin | 2006-07-28 21:38 | カルチャー通信 | Comments(0)

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「遅番記者」というミステリーを読んでいる。

「遅番記者」とはなにか?

小説の中で、こんな説明がされている。

「遅くまでいて、みんなが帰ってからもちあがることを
扱うんだ。
たいていは遅くに入ってきた訃報に天気予報、
火事に発砲事件。
そんなところだな」

レイトマンというらしい。

どちらかというと閑職である。

いささかくたびれたこの新聞記者と

妻に逃げられた刑事が、コンビを組んで

連続殺人事件を追う。

例によって、半分まで読み進んでも、皆目

犯人の目星はつかない。

缶ビールを飲みながら語り合う

記者と刑事の孤独な境遇はなぜか似ていた。

「年をとり、哀れな老人になって、ツナ缶や

ファストフードで食いつなぎ、ビール腹になり、

服に穴があいていても気にしないようになった

自分を想像して、一種絶望的な気持ちに

なることがあった。

そんなふうにひとりぼっちで終わる警官の多くが、

ピストルの銃口をくわえることになるのだ。」

こんなくだりもある。

「まずいことになりそうだということもわかっていた。

それに対してどうしていいかわからなかったが、

いったんことが始まるとあれよあれよという間に

情況が変わっていく。」

このたゆたう感じが、全編を貫く基調トーンに

なっている。

一体出口はあるのだろうか。

しばらくは、このけだるい感じに付き合ってみようか。


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by kitanojomonjin | 2006-07-27 11:07 | 人生 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

「病状六尺」の中で、正岡子規は、次のように
記している。

「余は今まで禅宗のいはゆる悟りという事を

誤解していた。

悟りという事はいかなる場合にも平気で

死ぬる事かと思っていたのは間違ひで、

悟りという事はいかなる場合でも

平気で生きることであった。」

歌人正岡子規は、35歳で無くなる。

また35歳かと思った。

最近、俳優の山本耕史くんと話す機会があった。

彼は今年30歳。

そして、彼の関心のある人物は、みな35歳で

生涯を閉じている。

土方歳三しかり。

モーツァルトしかり。

やたら35歳が気になっていた時に、正岡子規も

35歳で亡くなったと知って、愕然とした。

男の人生にとって、35歳とは何なんだろう。

それまで青春の延長で、そこから生まれ変わる

境目なのだろうか。

ふしぎな符号である。


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by kitanojomonjin | 2006-07-26 20:10 | 人生 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

宮本輝に「ひとたびポプラに臥す」という紀行がある。

息子と一緒に、ひたすらシルクロードを西に向かう。

お腹を壊しながら、ぶつぶつ不平を言いながら

ひたすらシルクロードを歩く。

その中に、印象的な言葉がある。

  日本の殺伐としたシステムと生活にあって、

  私たち多くのものを失いつづけているが、

  「静かに深く考える時間」

  「深く静かに感じる時間」の喪失は

  極めて重要な問題だと思う。

あわただしく過ごして何かを確実に見失なっている現代。

旅、特にアジアの旅に出ると、有り余る時間の中で、

いやでも応でも、人生を考えざるを得ない。


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by kitanojomonjin | 2006-07-25 16:54 | 人生 | Comments(0)

花火大会 2006年7月24日

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きのう、調布の花火大会があった。

家の二階の窓からも、鑑賞できた。

ところが、国領に高層ビルが出来たおかげで

肝心の眺めがさえぎられて、台無し。

それにしても、8時20分ごろから始まった

100連発は、圧巻だった。

花火も年々、技巧が凝らされて来ている。


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by kitanojomonjin | 2006-07-24 13:24 | カルチャー通信 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

きょうも雨降り。

今朝の「毎日モーツァルト」は、メランコリーと
題して、ピアノ協奏曲第23番を紹介していた。

雨の日には、この曲がよく似合う。

遅まきながら、モーツァルトのピアノ協奏曲が
いかに名曲ぞろいかをしみじみと分かるようになった。

とくに、第17番以降、最後の第27番まで、
どれをとっても個性的ですばらしい。

いままで、交響曲にだけ目が奪われていたことが、
恥ずかしいくらいだ。

内田光子が、12月に来日して、ピアノ協奏曲を
演奏するというが、もうチケットは、手に入らないという。

いつかじっくりとピアノ協奏曲の演奏に耳を
傾けてみたい。  


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by kitanojomonjin | 2006-07-21 10:20 | カルチャー通信 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

今朝のラジオで、「にもかかわらず笑うこと」という
話を聞いた。

上智大学のアルフォン・デーケン教授が、最終講義で
いった言葉だという。

  ユーモアとは、「にもかかわらず」笑うこと。

  辛いことや悲しいことがあっても、

  「にもかかわらず」

  それも相手への思いやりとして、笑顔で接する
  
  態度こそ成熟した真のユーモアだというのである。

こんな言い方もしている。

  人は元気だからユーモアが出るのではなく、

  ユーモアが出るから元気なのである。

味わいのある言葉である。


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by kitanojomonjin | 2006-07-20 19:53 | 人生 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

雨降りである。

ふと気がついたら、もう7月も半ばが過ぎた。

ちょうど一ヶ月前の6月19日が、桜桃忌だった。
今年の桜桃忌は、知らぬ間に過ぎてしまった。
三鷹の禅林寺の太宰治の墓は、今年も賑わったろうか。
そのむかいにある森林太郎こと森鴎外の墓は、
相変わらず静寂を保っているだろうか。

そして、
箱根のアジサイのピークも、もう過ぎてしまった。

今年は、6月を飛び越して、突然7月になったような
気がする。

6月の下旬に、中国の広州に5日ほど行って、
連日35度以上の日を経験したせいかもしれない。
すっかり夏を迎える心構えが狂ってしまったようだ。

先週の30度を越える東京の夏も何も感じない。
ちまたでは、夏休みが始まろうという気分なのに。

かくて、2006年の夏は、はやたけなわとならんとす。


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by kitanojomonjin | 2006-07-19 18:39 | カルチャー通信 | Comments(1)

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先日、「グッドナイト&グッドラック」という
映画を見た。

1950年代のアメリカが舞台。
マッカーシーの赤狩りに、真っ向から対抗する
CBSキャスター・エド・マローとその仲間たち。
草創期のテレビジャーナリズムが、
いかに戦ったかの物語である。

エド・マロー役の役者がなかなか渋い演技を
する。

タイミングよくカットインするジャズのヴォーカルが
しびれるほどいい。

最初は、エド・マローのスピーチのシーンで始まる。
次に、1950年代が、回想シーンとして
入ってくる。

最後のシーンは、ふたたびエド・マローの
スピーチで締めくくられる。

「テレビが、単なる娯楽と逃避のための道具であるなら、
もともと何の価値もないということなのです。

テレビは、ひとの心を動かすものでなければなりません。

そうでなければ、」

マローは、ゆっくり客席を見渡して言う。

「テレビは、器械のつまった箱にしか過ぎないでしょう。」

そして、本心から、思いをこめて言う。

「グッドナイト&グッドラック」

これが、彼が、いつも自分の番組「シー・イット・ナウ」を
締めくくる時にいう言葉だった。

味わい深い言葉である。


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by kitanojomonjin | 2006-07-14 21:46 | カルチャー通信 | Comments(0)