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根室の印刷会社の社長で北構保男という方がおられた。
この方は、実はオホーツク遺跡の発掘にも詳しい
在野の考古学者でもある。

ある時、北構さんに面白い話を聞いた。
かつて、オホーツク海からベーリング海にかけて、
北の海はラッコなど海獣の世界的な漁場だったという。

いまや動物園で愛敬を振りまいているラッコも、昔は
毛皮が珍重され貴重な動物だった。

北構さんは、ちょうど英国人船長の、北のラッコの海の
航海記を翻訳しているところだと言って、
熱をこめてお話をしてくれた。

ラッコや海獣をめぐって、世界の冒険家が、北の海に
乗り込んでくる。
実は、日本に開国をせまったアメリカのペリーも
その延長線上にあるという。

ただし、ペルーの場合は、ねらいはクジラだった。
灯油をとるために、クジラは、貴重な資源だったという。

そのクジラ漁のために、薪や水を補給する基地が
必要だった。
そのため、日本に開国をせまったというのが、北構さんの
お話だった。

北の海への思惑が、日本開国の引き金になったというのである。

ワクワクする話ではないか。


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by kitanojomonjin | 2005-09-29 15:58 | カルチャー通信 | Comments(0)

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北海道の東端・根室にふらりとやってきた先駆けは、
高田勝・尚子夫婦だった。

鳥好きのふたりが、北海道とりわけ根室にほれ込んで、
民宿を始めたのは、ずいぶん昔になる。

民宿をはじめたころ、泊まりに行って、初めて根室の
バードウオッチングの案内をしてもらったことがある。

オジロワシから、カモ類の渡り鳥まで、こんなに野鳥の
宝庫かと驚くほどだった。
 
それ以来、高田さんは、根室に住み続け、野鳥の観察と
研究を続けている。

去年、冒頭のようなはがきをいただいた。
原寸大写真図鑑「羽」(文一総合出版)を出されたという。

その名の通り、野鳥の羽を原寸大で記録したものである。
鳥の観察の結果、愛着が募り、ここまで来たかという感じである。

いつか根室の高田さんをお訪ねし、その本の出版にいたる
思いをじっくり伺いたいものである。

おそらく夜が深々と更けるまで、話がつづくことだろう。


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by kitanojomonjin | 2005-09-22 19:22 | 旅の街角から | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から) 

北海道東端の港町根室にふらりとやってきて、
住み着いたカメラマンが平野禎邦さんであった。

北転船に乗り込み、北の海の写真を取りまくった。

くりくりっとした大きな眼とひとなつこい話しぶりで
すぐに誰とでも友達になった。

港で漁師さんたちと友達になり、凍てつく北の海の漁の
様子を写真に収めた。

初めて、根室に平野さんに会いに行った時のことを思い出す。

冬の近づく季節。
空一面雲に覆われていた。
根室の駅に着くと、なだらかな坂道が続き、鉛色の海が
むこうに光っていた。
駅の側の市場で、大釜でカニを茹でていた。
ついついつられて、花咲ガニと毛ガニを買ってしまった。

宿に訪ねてきた平野さんと、カニをむさぼりながら、
夜遅くまで話をし、意気投合した。

宿の窓の外には、海峡を渡る風が、ビュービュー吹いていた。
深夜、平野さんを送って外に出ると、雲の合間にキラリと
星が輝いていた。

その平野さんが病気でなくなってから、もう大分経つ。
今も、あのくりくりっとした眼とひとなつこい話しぶりで
突然表れるような気がしてならない。


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by kitanojomonjin | 2005-09-22 19:18 | 旅の街角から | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

秋風が吹き始めると、なぜか北海道の東端の港町
根室のことを思い出す。

根室は、不思議な街だった。
人口の割りに、教会とジャズ喫茶店が多かった。
ゆきどまりのようで、意外にポッカリ世界が広がって
いるようでもあった。

そこに飄然とたどり着く人も、面白い人がいた。
なによりも、そこに住んでいる人が魅力的だった。

今でも忘れられない。
この街に小男の歯医者さんがいた。
ほれた女性と駆け落ちをしてこの街にやってきた
という話だった。
相手の女性は、とっても大女だったが、歯医者さんは
フーフー言いながら、彼女をおんぶしてこの街に
やってきたという。
ほんとかどうかは分からない。
でも、あの歯医者さんだったら、やりかねない雰囲気があった。

その歯医者さんが、ルノワールばりの油絵を描く。
それが、はがきの4分の1大の小さな小さな絵だった。
でも、とっても味わいのある絵だった。

一度、お会いした時、一生懸命、年賀状のあいさつ文を
推敲していた。
不思議な文章だった。

「ある日、両手の中に、自分の頭蓋骨が
すっぽり収まることに気が付いた。
人間を長くやってきたが、これに気づいたのは、
はじめてだ。」

たしか、そんな文章だった。

自分で、両手で頭を覆ってみるが、そんなにすっぽりは
収まらない。
あの歯医者さんは、よっぽど頭が小さかったのか
手が大きかったのか。

そんなことより、年賀状の冒頭、ずばり自分を客体化した
話からはじめるということに、とても強烈な印象を受けた。

お医者さんの科学者の論理と、絵を描く芸術家の感性が
奇妙に融合して、独特の世界をかもしだしているようにも
思えた。

話は飛びすぎるかもしれないが、画家鴨居玲の絵に
登場する人物のようだった。

根室の港町にたどり着く人々は、すべての虚飾を
そぎ落とし、人間存在そのものを見つめる人が
多いのかもしれない。


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by kitanojomonjin | 2005-09-22 19:05 | 旅の街角から | Comments(2)

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(ウルトラマン初稿・青森県立美術館パンフより)

ウルトラQ.ウルトラマン.ウルトラセブンという
ウルトラシリーズの基礎となった3部作に登場する
ヒーローや怪獣、メカのデザインを手がけた人物
成田亨(とおる)をご存知だろうか。

実は、わたしは最近まで知らなかった。

成田亨は、青森県出身の彫刻家で、新制作展を
舞台に彫刻家として活躍する一方で、ウルトラマン
などの特撮番組で美術を担当していたのが、
ウルトラマンとのかかわりのきっかけだったという。

そして、成田亨の、極めて貴重な初期のウルトラマン関係の
スケッチを来年夏オープン予定の青森県立美術館が
所蔵しているというのである。

成田のふるさとのよしみで、ようやく購入できたという。

うわさでは、ウルトラマン関係の貴重な資料は、
今タイのバンコクに集中的に集められ、日本国内には
あまり残っていないという。

貴重なコレクションである。
ぜひ実物を見てみたい。
その意味でも、来年夏の美術館開館が待たれる。


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by kitanojomonjin | 2005-09-15 09:44 | カルチャー通信 | Comments(0)

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来年7月オープン予定の青森県立美術館の
目玉は、美術館中央のアレコホールである。

シャガールが、バレエ「アレコ」の背景画として描いた
たて9メートル、ヨコ15メートルの巨大な絵画が
3枚展示される。

それに加えて、アメリカのフィラデルフィア美術館から
もう一枚の背景画を借りてきて、計4枚の「アレコ」
背景画が一堂に会することになる。

2006年7月から始まる開館記念展「シャガール~
アレコとアメリカ亡命時代」がそれである。

こんなすごい企画を青森県立美術館のパンフレットは、
実にさりげなく触れているだけだ。

もったいない。

もっともっとPRすべきだと思う。


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by kitanojomonjin | 2005-09-13 12:03 | カルチャー通信 | Comments(1)

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(乱れ咲き・ブロギニストの散歩道から)

ひきつづき「丸山真男 音楽の対話」を読んでいる。

とても興味深い一節があった。

「芸術の世界でも、政治の世界においても、自分を
正当化して周囲を一本にまとめる最高の戦術は、
共通の敵を作って、それを叩くことです。
ワーグナーにしても、ヒトラーの場合も、狙いと、
とった手段は同じです。

スターリン、ヒトラー、毛沢東ー独裁者は皆、
敵を作る名人です。
異民族、国内の政敵、それに昔の同志ーパターンは
共通していますね。」

昨今の政治の季節、とりわけ含蓄のある文章である。


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by kitanojomonjin | 2005-09-12 12:02 | カルチャー通信 | Comments(1)

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(残暑の蝉・ブロギニストの散歩道から)

引き続き「丸山真男 音楽の対話」を読んでいる。

その中に、丸山真男の言葉として、驚くべき一文があった。

「自分が音楽の道に入っていたら、政治思想のような
つまらないものはしなかった」

これは実に、聞き捨てならない告白である。

大学で一応、政治学を学んだわれわれにとって
政治学者丸山真男の著作が、いかに魅力的で
砂漠の中のオアシスのようにこころをなごませ
勇気を与えてくれたかは、計り知れないものがある。

それを丸山は、さらりと「政治思想のようなつまらないもの」
という。
それは、ひとつのてらいであり、それだけ音楽が
好きだということを物語っているのだろう。

次の言葉にも、丸山の音楽理解の深さがうかがえる。

「バッハは神のために、
ハイドン、モーツァルトは現世の人々のために音楽を
書いたけれど、
ベートーヴェンは人類に向かって呼びかけを行った。
第五・運命や第九はその典型です。」

「丸山真男 音楽の対話」の著者であり、丸山ゼミの
一員だった中野雄さんは、つぎのような興味深い
印象も記している。

  丸山と音楽論を交わしていたある夏の日、突然
  私はあの「超国家主義の論理と心理」が
  べートーヴェンの第五に似ていることに気づいた。

  若き日の丸山真男を衝き動かし、ペンを執るに
  至らしめた情動、その激しさ、居ても立っても
  いられない思いーそれが原稿用紙に刻み込まれ、
  理路整然たる為政者糾弾の書となる。

  しかも、文章の背後にはかかる政治家を生んだ
  日本という国と日本人に対する深い洞察と批判、
  そして限りない愛情が潜む。
   
うーむという感じである。
政治学者と音楽の関係は、かくほどに興味深い。


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by kitanojomonjin | 2005-09-08 20:32 | カルチャー通信 | Comments(0)

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真夜中のラジオで、クラシックの話をしていた
中野雄さんの著作「丸山真男 音楽の対話」を
みつけた。

なんと、音楽プロデューサーの中野雄さんは、
東大で、政治学者丸山真男のゼミにいたという。
この本は、政治学者であり、実はたいへんな
音楽愛好家だった丸山真男の音楽論を紹介した
ユニークな本である。

中野さんの経歴も一風変わっている。
東大法学部卒。日本開発銀行に入り、その後、
オーディオ・メーカーに入り、現在音楽プロデューサー
として活躍している。

なかなか味のある丸山真男のことばが紹介されている。

「モーツァルトにしても、ベートーヴェンにしても、
ある時期から音の響きが急に厚みをましている。

背景には彼等の人生経験もあるし、楽器の進歩もある。

コンサート会場が貴族の館から市中のホールにまで
広がって、聞く人の質と量が変わってきたという事情もある。

そういうバック・グラウンドがあって、音楽は
変わらざるをえなくなるわけです。

それが音楽自体に生命力がある、音楽は有機体である
ということの意味です。」

最近がらにもなく、急遽モーツアルトの企画にかかわる
ことになった。
その意味で、丸山真男と音楽のかかわりを知ることが
出来たのは、意外な収穫であった。


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by kitanojomonjin | 2005-09-07 17:52 | カルチャー通信 | Comments(0)