カテゴリ:人生( 287 )

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先日、福島県のいわき市へ行った。

そこに、幕末の快僧・天田愚庵の銅像と庵があった。

庵は、伏見桃山から移築したものである。

「快僧」といったが、彼ほど波乱万丈の人生を

送った人物はいない。

戊辰戦争のとき行方不明になった父母と妹を

僧になったり、旅回り写真師になったりして、

生涯捜し求めた。

彼の交友範囲は驚くべきものだった。

山岡鉄舟に禅を学び、一時、清水の次郎長の養子となった。

歌人でもあり、正岡子規にも影響を与えた。

彼の死後、父母と妹は、戊辰戦争の混乱の中で、

亡くなったらしいことが、明らかになった。

終生、父母と妹を追い求めた愚庵にとって、

その事実を知らなかったことは、

幸せなことだったかもしれない。

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by kitanojomonjin | 2015-11-19 16:25 | 人生 | Comments(0)

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アップルの創始者・スティーブ・ジョブズの伝記の下巻を

読んでいる。

1度は追放された古巣アップルへ復帰し、

iMac,iPod,iPhone,iPadと、次々に

ヒット商品を世に送る。

この過程で、日本の東芝とソニーが登場する。

「東芝でいつものミーティングが終わったとき、

出席していたエンジニアから、6月に完成予定という

新製品の話が出た。1.8インチ(1ドル硬貨と同じ大きさ)という

超小型で容量は5ギガバイト(1000曲分)。

開発はしているものの用途が思いつかないという。」

ジョブズは、即決で、小型ディスクをすべて独占する

権利交渉にはいる。

これが、iPodの原点である。

製品のアイデアは、東芝が生みの親にもかかわらず、

それを最大活用するビジョンにおいて、ジョブズに負けたのである。

次に、ジョブズは、ソニーとはりあう。

「ソニーはいろいろな意味でアップルの逆だった。

かっこいい製品を作る消費者家電部門もあれば、

ボブ・ディランなど人気アーティストを抱える音楽部門も

あった。

しかし、各部門が自分たちの利益を守ろうとするため、

会社全体でエンドツーエンドのサービスを作れずにいた。」

もっと端的にいうと、こうだ。

「アップルの場合、社内で協力しない部門はクビが飛びます。

でもソニーは社内で部門同士が争っていました。」

ジョブズのカリスマ的な経営方針が、

ユーザーに、シンプルで明確なコンセプトを

訴え続け、結果として、業界の覇者となったのである。

技術的には、東芝もソニーも、ジョブズより

そんなに遠くには居なかったのに、

ビジョンにおいて、差をつけられてしまった。

日本のあらゆる技術が直面している問題に、通低しているようだ。


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by kitanojomonjin | 2015-11-18 15:20 | 人生 | Comments(0)

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いま、竹橋の東京国立近代美術館で、

藤田嗣治の展示会が開かれている。

戦後70年の節目に、同館の所蔵している藤田の全作品を

展示しているのだ。

めったに見られない展示会である。

なかでも、「アッツ島玉砕」は、圧巻である。

日米の兵士の肉弾戦として、描かれている。

しかし、史実では、存在しない光景である。

藤田嗣治は、どんな思いで、この画を描いたのか?

現代史の謎である。

(展覧会は、12月13日(日)まで。)

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by kitanojomonjin | 2015-11-17 13:13 | 人生 | Comments(0)

c0069380_2125143.jpg佐藤忠男の「映画館が学校だった」という本を読んだ。

「キネマ旬報」や「映画評論」などに、映画評を投稿し、

とうとう「映画評論」の編集部員になるというコースを

たどっている。

かつては、厳然として、映画ジャーナリストという

コースがあったのか?

あるいは、佐藤忠男が、ユニークなコースを

たどったのか。

いずれにしても、戦争直後、むさぶるように見た

映画が、人生の肥やしになったという。

映画が、最も、輝いていた時代だった。

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by kitanojomonjin | 2015-11-14 21:35 | 人生 | Comments(0)

赤とんぼ

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「夕焼け小焼けの赤とんぼ」で、知られる童謡・赤とんぼ。

それに続く「おわれてみたのはいつの日か」。

この「おわれて」について、まったく勘違いしていた。

なんとなく「赤とんぼ」が、追われてと思っていた。

これが、大間違い。


正確には、「負われてみたのは」。

子守の背中に、負われて(赤とんぼを)みたのはいつの日かということらしい。

この場合、母の背に負われてということになるらしい。

背景には、作詞した詩人・三木露風の独特の思いがあった。


露風の生母は、露風7歳のとき、理由あって実家に戻ってしまった。

母への追慕がこめられている。

次の歌詞「山の畑の桑の実を

小籠に摘んだは まぼろしか」

これも、母の思い出と重なり、

「まぼろしか」と懐かしんでいる。


その次「十五でねえやは嫁に行き

お里のたよりも絶えはてた」

このねえやは、居なくなった母に代わり、子守をしてくれた娘を

さすのだろう。

童謡・赤とんぼに流れる哀調は、

詩人・三木露風の人生が深く重ねられていたのだ。

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by kitanojomonjin | 2015-11-02 13:23 | 人生 | Comments(0)

秋日傘 2015年10月5日

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今月から始まったラジオの深夜便のうた「秋日傘」。

(作詞:康珍化(こうちんふぁ) 作曲:都志見隆)

この「うた」も、よーく聴かないと状況がわかりにくい。

雑誌・深夜便のこんな説明で、やっと分かった。

「ある日突然、大切な人を失い、今も深い悲しみの中で

日々を過ごされている方の情景」。

ようするに、3.11をふまえた「うた」なのだ。

後半に、くっきりとその思いが立ち上ってくる。


「送り火の夜 空見あげたら

何か聞こえた そんな気がした

家族は選べないものだけど

ぼくのかーさんで どうもありがとう」


「土手の並木も 帽子を脱いで

過ぎる季節に お辞儀する頃

家族は選べないものだけど

わたしの子供で どうもありがとう

土手道 誰かの秋日傘」

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by kitanojomonjin | 2015-10-05 12:08 | 人生 | Comments(0)

ルドン 2015年9月6日

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先週の日曜日。

日曜美術館40周記念ということで、

1980年に制作された作曲家武満徹が

ルドンを語る番組が、放送されていた。

ルドンの神秘的な魅力は、尽きることがない。

とくに、パステル画を描き始めて、

「さなぎが、蝶になったように、鮮やかさを増す」という。

なるほど。

実に見事な色彩の世界である。

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by kitanojomonjin | 2015-09-06 14:55 | 人生 | Comments(0)

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今年は、十和田湖を世に紹介した文人・大町桂月の

没後90年に当たるという。

高知生まれの桂月が、はじめて青森県を訪ねたのは、

1908(明治41)年8月。

そのとき以来、十和田湖の魅力に取り付かれ、

蔦温泉を常宿にして、

亡くなる2か月前には、家族ともども蔦温泉に本籍を

移すほどだったという。(東奥日報2015年8月5日付)

大町桂月がなぜそこまで、十和田に惚れ込んだのか

いずれじっくり探ってみたいものである。

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by kitanojomonjin | 2015-08-10 14:39 | 人生 | Comments(0)

歴史と私 2015年6月8日

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歴史学者の伊藤隆さんの「歴史と私」を読んだ。

日本の近現代史の史料を探し、とことんこだわる姿勢は、徹底している。

岸信介、後藤田正晴、竹下登など重要人物の証言インタビューも

こなしてきた。

その秘訣は、これぞとねらった人物には、

あきらめずに、アプローチし続けることだという。

最初、断られても、毎年、年賀状に、

「そろそろいかがですか?」

と書き続け、10年・20年かけて、じっと機会を待つ。

80歳を越えているのに、そのタフネスさは、凄い。

ひさびさに、元気をもらった本である。

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by kitanojomonjin | 2015-06-08 12:16 | 人生 | Comments(0)

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歴史家の磯田道史さんが、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。

受賞作は、「天災から日本史を読みなおす」。

災害史を研究するため、2012年4月に津波常襲地である

浜松の大学に移った磯田さんの思いの詰まった1冊である。

第5章には、磯田さんのお母さんが遭遇した「災害」が

記されている。

磯田さんが、防災史をライフワークにするきっかけとなった

ファミリーヒストリーである。

知らなかった。

必見である。

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by kitanojomonjin | 2015-06-05 12:42 | 人生 | Comments(0)