カテゴリ:人生( 284 )

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(ブロギニストの散歩道から)

「病状六尺」の中で、正岡子規は、次のように
記している。

「余は今まで禅宗のいはゆる悟りという事を

誤解していた。

悟りという事はいかなる場合にも平気で

死ぬる事かと思っていたのは間違ひで、

悟りという事はいかなる場合でも

平気で生きることであった。」

歌人正岡子規は、35歳で無くなる。

また35歳かと思った。

最近、俳優の山本耕史くんと話す機会があった。

彼は今年30歳。

そして、彼の関心のある人物は、みな35歳で

生涯を閉じている。

土方歳三しかり。

モーツァルトしかり。

やたら35歳が気になっていた時に、正岡子規も

35歳で亡くなったと知って、愕然とした。

男の人生にとって、35歳とは何なんだろう。

それまで青春の延長で、そこから生まれ変わる

境目なのだろうか。

ふしぎな符号である。


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by kitanojomonjin | 2006-07-26 20:10 | 人生 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

宮本輝に「ひとたびポプラに臥す」という紀行がある。

息子と一緒に、ひたすらシルクロードを西に向かう。

お腹を壊しながら、ぶつぶつ不平を言いながら

ひたすらシルクロードを歩く。

その中に、印象的な言葉がある。

  日本の殺伐としたシステムと生活にあって、

  私たち多くのものを失いつづけているが、

  「静かに深く考える時間」

  「深く静かに感じる時間」の喪失は

  極めて重要な問題だと思う。

あわただしく過ごして何かを確実に見失なっている現代。

旅、特にアジアの旅に出ると、有り余る時間の中で、

いやでも応でも、人生を考えざるを得ない。


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by kitanojomonjin | 2006-07-25 16:54 | 人生 | Comments(0)

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(ブロギニストの散歩道から)

今朝のラジオで、「にもかかわらず笑うこと」という
話を聞いた。

上智大学のアルフォン・デーケン教授が、最終講義で
いった言葉だという。

  ユーモアとは、「にもかかわらず」笑うこと。

  辛いことや悲しいことがあっても、

  「にもかかわらず」

  それも相手への思いやりとして、笑顔で接する
  
  態度こそ成熟した真のユーモアだというのである。

こんな言い方もしている。

  人は元気だからユーモアが出るのではなく、

  ユーモアが出るから元気なのである。

味わいのある言葉である。


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by kitanojomonjin | 2006-07-20 19:53 | 人生 | Comments(0)

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先日、ラジオで、落語の「文七元結(もっとい)」の
話をしていた。

暮れの28日、吾妻橋を通りかかった長兵衛は、
まさに、身投げをしようとしていた文七を思いとどまらせる。

そのときのくどきは、「志ん生人情ばなし」によると
こんな具合である。

「人間てえ奴ァな、寿命のあるのをわざわざ縮めるッてえのは、
神にすまねえ。」

「な、人の命てえのはそんなもんじゃねえや。」

そういって、娘が吉原で身請けして作った50両という
大金を文七に渡す。

この後、文七の無くした50両も見つかり
めでたしめでたしの人情落語である。

ラジオで、指摘していたのは、この落語に貫かれている
「人間死んだらおしまい」という素朴な精神であった。

この落語は、明治初期、三遊亭円朝が流行させた
ものだという。

江戸から明治に替わり、人々のこころが揺れていたとき、
人間にとって最も大切のものは何かー

三遊亭円朝なりに考えた結論が、
この人情話なのかもしれない。


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by kitanojomonjin | 2006-06-03 13:33 | 人生 | Comments(0)