カテゴリ:人生( 287 )

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今年2月13日、鈴木清順監督が、亡くなった。

きのうから、神田の神保町シアターで、鈴木清順の世界と題して、

代表作20本が、順次上映される。

その個性的な作品は、いずれも魅力的だが、

個人的には、「けんかえれじい」が、最も印象的である。

旧制高校のばんからの青春を若き高橋英樹が熱演している。

高橋が、恋焦がれるマドンナ(女学生)役を、

若き日の浅野順子が演じている。

そして、ラストに近く北一輝役で登場するのが、

緑川宏。

すごい存在感だった。

快優といってもいいだろう。

その後、まもなく、かれは、自死してしまう。

結局、この作品は、大正生まれで、旧制弘前高校に学んだ

鈴木監督の青春と密接に重なっているような気がする。

実の弟で、アナウンサーになった鈴木健二も、

旧制弘前高校に進み、寮長として、大暴れした。

清順監督を悼む文章で、鈴木健二さんは、

最期の三ヶ月間、病室の兄に付き添い、

いまわの際に、ぎゅっと手を握ってくれたと

書き記している。

映画というものは、過去の追憶とともに

時代の決意というものも、伝えているのではないか。

「けんかえれじい」を振り返ってみて、あらためて、そう感じた。

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by kitanojomonjin | 2017-06-11 19:44 | 人生 | Comments(0)

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新・平成の伊能忠敬という万歩計で、

日本列島の海岸線を時計回りと反対に歩き始めて

5年1ヶ月たった。

全行程の58パーセント踏破して、

このたび、ようやく熊本にたどりついた。

熊本地震から、1年以上たって、

個人的にも、関心の強い熊本に

ようやく着いたかと感慨が深い。


福岡に到着してから、長崎・佐賀の

海岸線が、実に入り組んでいて、長かった。

途中で、万歩計が壊れて、逆方向へすすんでいるのか

と思うくらいだった。

熊本に入る前に、もう一度、福岡になるのだ。

地図で確かめると、海岸線は、そうなるのだ。

のこりの42パーセントの旅は、

なにが待ち受けていることやら。

この調子でいくと、最終的に、スタートした

東京にたどり着くのは、4年後の2021年。

東京オリンピックの翌年になる。

どんな東京になっていることだろう。

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by kitanojomonjin | 2017-05-29 16:00 | 人生 | Comments(0)

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かつて、三鷹にあった碧雲荘。

若いころ太宰治が、最初の妻と暮らした下宿屋である。

その建物が、太宰フアンのつてで、

九州の湯布院に引き取られたと聞いてから、

その後の消息がしばらくわからなかった。

最近の新聞に、見事にリニューアルされたという記事が

出ていた。(陸奥新報・2017年5月19日付)

熊本の地震から1年後の今年、4月16日に、

オープニング・セレモニーが行なわれたという。

熊本地震で、湯布院も大きな被害を受けた。

この日を選んで、オープンしたのは、

復興のシンボルとしたいという思いもあったという。

いつか由布院をたずね、この目で、生まれ変わった

碧雲荘をみてみたいものだ。

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by kitanojomonjin | 2017-05-27 13:49 | 人生 | Comments(0)

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かまやつひろしの「我が良き友よ」のB面の曲を

ご存知ですか?

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」

作詞・作曲、かまやつひろしである。

ゴロワーズって、あのフランスのたばこのことである。

こんなふうに、始まる。

「ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい

ほらジャン・ギャバンがシネマの中で吸ってるやつさ

よれよれのレインコートの襟を立てて

短くなるまで奴は吸うのさ

そうさ短くなるまで吸わなけりゃダメだ

短くなるまで吸えば吸うほど

君はサンジェルマン通りの近くを歩いているだろう」

歌うようなささやくような不思議な曲だ。

吉田拓郎作詞・作曲の「我が良き友よ」に反発して、

がらりと違う歌をB面に吹き込んだという。

2日前まで、歌詞も曲も出来ていなかった。

これはこれで、いい味をだしている。

かまやつ自身のこんな言葉がのこっている。

「その当時、僕はフェイセスが好きで、ロッド・スチュワートを気取っていたから

「我が良き友よ」の“ゲタ履いて腰に手ぬぐいぶら下げて”っていう詞を歌うのにすごく抵抗があったわけ。

じゃあB面は自分がやりたいことをやるんだってことになってね(笑)」

単に、ポーズをつけた歌かと思うと大違い。

3番・4番の歌詞には、かまやつの生き方が、しっかり

歌いこまれている。


「君はたとえそれがすごく小さな事でも

何かにこったり狂ったりした事があるかい

たとえばそれがミック・ジャガーでも

アンティックの時計でも

どこかの安い バーボンのウィスキーでも

そうさなにかにこらなくてはダメだ

狂ったようにこればこるほど

君は一人の人間として

しあわせな道を歩いているだろう」


「君はある時何を見ても何をやっても

何事にもかんげきしなくなった自分に

気が付くだろう

そうさ君はムダに年をとりすぎたのさ

できる事なら一生 赤ん坊でいたかったと思うだろう

そうさすべてのものがめずらしく

何を見ても何をやってもうれしいのさ

そんなふうな赤ん坊を

君はうらやましく思うだろう」

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by kitanojomonjin | 2017-04-14 14:45 | 人生 | Comments(0)

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最近、文化人類学者レヴィ・ストロースの著作「野生の思考」が、

とても気になる。

特に、「プリコラージュ」という考え方が。

「器用仕事」とか「日曜大工」と訳される。

南米の現地民族が、森の中を歩いて、

木の枝やいろんなものを袋に入れていく。

何かのときに、何かの役にたつと思って

入れていくのだという。

手近なものを使って、当面の課題に対応していく

「野生の思考」は、縦割りの現代人の思考に

決して、負けない。

災害や事故に直面したとき、

たとえば、3.11の後、停電になったときの東京を

思い起こしてみるとわかる。

帰宅難民でいかに難儀したか。

あるいは、乾電池不足をはじめ、

コンビニの商品が払底したあの光景を。


現代人より、未開人とよばれる人々が、

はるかに、生き延びる知恵を持っているのだ。

「野生の思考」が発表されたとき、

現代社会に与えた衝撃は大きかった。

いまや、「野生の思考」を再発見する時代になっていると思う。

そして、それは、縄文人の知恵を見直すことにも、繋がっていく。

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by kitanojomonjin | 2017-03-28 13:48 | 人生 | Comments(0)

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いま、ラジオ深夜便の歌で、

「聖橋の夕陽」という歌を放送している。

作詞:石原信一

唄と作曲:堀内孝雄


こんな出だしである。

「学生街の坂道で

偶然きみに逢うなんて

白髪の混じる齢(とし)なのに

ときめく胸がよみがえる」


そして、5分間ほどことばをかわし、

いま幸せなことを確かめて

分かれる。


ラストは、こんなふうである。

「聖橋から眺める夕陽

川がまぶしく時はたたずむ

戻らない思い出に恋をする」


これは、あくまで、男性の側の未練だろう。

女性は、さらりと忘れて、

新しい人生に踏み出しているに違いない。

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by kitanojomonjin | 2017-02-27 17:32 | 人生 | Comments(0)

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「郷愁の詩人 与謝蕪村」という本を読んだ。

実は、この本の中で、詩人・萩原朔太郎が

蕪村について、最大の評価をしているのだ。

冒頭、こんなくだりがある。

「君あしたに去りぬ。

ゆうべの心千々に何ぞ遥かなる。

君を思うて岡の辺に行きつ遊ぶ。

岡の辺なんぞかく悲しき。

この詩の作者の名をかくして、明治年代の

若い新体詩人の作だと言っても、人は決して

怪しまないだろう。

これが、江戸時代の俳人与謝蕪村によって

試作された新詩体の一節であることは、

今日僕らにとって異常な興味を感じさせる。」

さらに、萩原朔太郎は、そこに、

「新鮮な、浪漫的な、多少西洋の詩とも共通する

ところの、特殊な水々しい精神を感ずる」とまで

言っているのだ。

この朔太郎の蕪村論は、目からうろこの衝撃を与える。

ちなみに、今年は、蕪村生誕300年にあたる。

あらためて、蕪村再発見のときかもしれない。

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by kitanojomonjin | 2016-11-22 18:29 | 人生 | Comments(0)

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葱買(こう)て枯木の中を帰りけり


与謝蕪村の冬の句である。

この句を詩人の荻原朔太郎は、

絶賛して、つぎのように語っている。

「枯木の中を通りながら、郊外の家へ帰っていく人。

そこには葱の煮える生活がある。

貧苦、借金、女房、子供、小さな借家。

冬空に凍える壁、洋燈、寂しい人生。

しかしまた何という泌泌とした人生だろう。

古く、懐かしく、物の臭いの染みこんだ家。

赤い火の燃える炉辺。

台所に働く妻。

父の帰りを待つ子供。

そして葱の煮える生活!

それは人生を悲しく寂びしみながら、

同時にまた懐かしく愛しているのである。

蕪村のポェジイするものは、

人間生活の中に直接実感した侘びであり、

この句のごときはその代表的な名句である。」

たしかに、この句には、

独特の味わいがある。

いまころの季節に、ぴったりである。

さらに、萩原朔太郎がここまで、蕪村を高く評価するのも

びっくりである。

知らなかった。

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by kitanojomonjin | 2016-11-21 13:57 | 人生 | Comments(0)

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先日、田邊優貴子さんの南極の湖底にもぐる話を

ラジオで聞いた。

彼女は、青森高校出身で、京大を卒業後、

現在、極地研に所属している。



驚いたことに、

南極にも、氷の下に湖がある。

そこには、光線の具合で、紫色にみえる世界がひろがり、

ミニ針葉樹のような藻が、

一面に広がっているという。

とても、この世のものとは思えない神秘的な世界だ。


この光景が、実は、およそ30億年まえの地球の

酸素発生型の光合成ができる生物の姿だという。

葉緑体の祖先といわれるシアノバクテリアなのだ。


30億年まえの地球を思わせる光景が、

ひっそりと南極の氷の下の湖底に眠っているとは、

考えただけでもワクワクする話である。


彼女は、いま第58次南極観測隊の一員として、

南極に向かっている。

彼女が、もどってくる再来年の2月。

そのころ、アメリカは?

日本は?

そして、アジアは

どんなふうに、さまがわりしているのだろうか?

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by kitanojomonjin | 2016-11-17 15:19 | 人生 | Comments(0)

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ちあきなおみの冬隣(ふゆどなり)という

歌を聞いた。

冬隣(ふゆどなり)とは、俳句の季語にも

あることばで、冬の気配が近づいてきたころを

言うらしい。

(作詞:吉田旺 作曲:杉本眞人)

出だしから、ぐいとひきつける。

“あなたの真似して お湯割りの

焼酎のんでは むせてます

叱りにおいでよ 来れるなら”


ここから、カメラは、ハイスピードで

ズームバックする。

“地球の夜更けは 淋しいよ

そこからわたしが みえますか

この世にわたしを 置いてった

あなたを怨んで 呑んでます”


2番の後半。

まずリフレインの歌詞が登場する。

“地球の夜更けは 淋しいよ

そこからわたしが みえますか”

そのあとが、すごい。

“見えたら今すぐ すぐにでも

わたしを迎えに きてほしい”

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by kitanojomonjin | 2016-11-07 14:38 | 人生 | Comments(0)