ひとはナゼ耳飾りをするのか?2006年1月23日

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岩手の桐生さんから、「耳飾り」の図録が、
送られてきた。

先日まで、御所野縄文博物館で開かれていた
展覧会の図録である。

図録の冒頭には、次のように記されている。

「縄文人が多くのアクセサリーをつくり
飾っていたことはあまり知られていません。
縄文時代で最も一般的だった耳飾りを取り上げ、
そのうつりかわりと意味について紹介していきます。」

なぜか、後のハニワの時代になると、耳飾りは
なくなるという。
なぜ縄文時代に、耳飾りは集中するのか。

図録の中で、「耳飾りの謎」と言う記述があった。

縄文時代晩期の関東・中部地方で耳飾りが
大量に出土する遺跡があると言う。

その場合、墓から出ることはまれで、いずれも
建物跡から出土している。

そのことから、次の推理が成り立つと言う。

「特定の建物に村人や周辺から集まる人の
耳飾りを全部保管し、儀式の時に使用し、
終わったら戻すということを繰り返していたものと
思われます。」

また文様のある耳飾りは、まつりなど特別の時に
身につけ、文様のない耳飾りは、ふだんのときに
つけるという見方もあると言う。

いずれにしても、縄文人の耳飾りは、たんなる
アクセサリーとは違う意味を持っていたようだ。

原点にもどって、ひとはナゼ耳飾りをつけるのだろうか。

むずかしい問題だ。

顔と言うものをフレームアップする役目が
ひとつ考えられそうだ。
縄文時代の耳飾りは必ず対で耳に付けられたと言う。
顔の表情を彩る大切な役目をする。

次に、耳そのものをフレームアップしている
ことも考えられる。
天の声や霊的な声が聞こえるように、耳を守るために。

レヴィ・ストロースあたりは、どんな回答を出しているのだろうか。


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by kitanojomonjin | 2006-01-22 18:21 | 縄文 | Comments(0)