「こころ縄文人」のすすめ 2005年8月18日

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(ブロギニストの散歩道から)

それは5年前の縄文塾の会合でのことだった。
メンバーの照井勝也さんから、こんなお話があった。

「こころ縄文人になろうという気持ちでやっています。」

照井さんは、サラリーマンをやめ、以来田舎暮らしを
続けているという。
そのモットーが、「こころ縄文人になろう」だった。

その言葉が、みんなの気持ちの中に心地よく響いた。
それを契機に、その言葉が、わたしたちの合い言葉の
ようになった。

1994年、青森に突然出現した三内丸山遺跡。
その3年後、鹿児島に突然、姿をあらわした上野原遺跡。
この20世紀末の巨大遺跡が、縄文のイメージを
大きく変えた。

「こころ縄文人」という言葉が、わたしたちの気持ちに
フィットした理由は、次のことが考えられる。

まず、「外なる縄文」から「内なる縄文」への発想の転換がある。
縄文の問題は、ゆきつくところ現代に生きる私たち自身の
問題と大きくかかわっているのだ。

次に、「こころ縄文人」は、縄文時代の人間の身の丈で
縄文の問題を見直すことの大切さを訴えているように思う。

20世紀末に出現した縄文遺跡は、現代のわれわれを
引きつけて離さないなにか不思議な魅力がある。

「こころ縄文人」という言葉は、いまだに
新鮮な響きを持っている。

お月見縄文祭に毎年足を運ぶのも、その辺に通じるものが
あるようだ。


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by kitanojomonjin | 2005-08-18 15:49 | 縄文 | Comments(0)