縄文顔と弥生顔のその後 2015年7月14日

c0069380_18302430.jpg
c0069380_18310229.jpg
日本人の形成が、縄文顔と弥生顔の混血だということが、

先日の縄文塾での馬場悠男先生のお話で紹介された。

だいたい、縄文人30パーセント、弥生人70パーセントの割合だという。

時代が下って、弥生人的な特徴が、尊重される時代がやってくる。

典型的なのが、引目鉤鼻の貴族の顔立ち。

目鼻立ちのはっきりした縄文人の顔は、見下され、

極端な場合は、鬼の顔として恐れられる。

この傾向は、江戸時代の浮世絵の美人画にも引き継がれ、

弥生人的な瓜実顔が、美人の代表とされた。

縄文顔が、復権するのは、明治以降、欧米文化が

流入してからだとか。

知らなかった。

お読みいただいた記念にランキングをクリックしてください。
人気blogランキングへ






[PR]
by kitanojomonjin | 2015-07-14 18:43 | 縄文 | Comments(0)