縄文の風水 2005年6月22日

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(クチナシの花・渋谷ブロギニスト通り)

1997年夏、鹿児島の上野原遺跡を訪ねたことがある。
およそ9500年前の縄文時代の定住化したムラで、
国内最大級のものだという。

鹿児島市内から、車でおよそ1時間半。
花は霧島・煙草は国分で知られた国分市の郊外の
丘の上に遺跡はあった。

北に霧島連山、南に錦江湾をはさんで、桜島が望める。

最初の印象は、青森の三内丸山遺跡との不思議な
共通性だった。

三内丸山遺跡は、下北半島と津軽半島に抱かれた
陸奥湾の奥の小高い丘の上にある。

上野原遺跡は、大隈半島と薩摩半島に囲まれた
錦江湾の奥にある。

三内丸山を南北逆にすると、上野原遺跡をとりまく
地形にきわめてよく似ているのである。

さらに、共通点を見ていくと、海峡の存在がある。
三内丸山遺跡は、津軽海峡をはさんで、遠く
北海道・サハリンへとつながる。
上野原遺跡は、大隈海峡をこえて、屋久島・奄美大島と
密接なつながりを持つ。
2つの遺跡は、海峡を意識した交流の拠点の意味合いを
持っていたのではないか。

さらに、火山との深いかかわりがある。
上野原遺跡は、当時活火山桜島の真向かいにあった。
朝な夕なに、桜島の噴煙を眺め、自然に対する恐れと祈りの
感情を抱きながら日々過ごしていたに違いない。
三内丸山の場合は、その時代噴煙を上げていたであろう
恐山の存在が、考えられる。

ここから先は、わたしの仮説であるが、縄文人には
縄文人の好みの風水があり、それが2つの遺跡の
ロケーションに色濃く現れているのではないだろうか。

さらに空想をたくましくさせてもらえば、日本列島の
どこかに、まだまだこれに似た縄文人の風水を投影した
縄文遺跡があるのではないかと思っている。

ひょとしたら、日本海側の京都から北陸にかけてのどこかに。

いつかそれを探す縄文の旅に出てみたいものだ。


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Commented by okphex at 2005-06-22 17:43
こんにちは。
僕自身、古代の文化について、とても強い関心を持っているので、楽しく読ませて頂きました。縄文人と風水の関係とは、今まで思いもしなかった斬新な視点で、驚かされました。僕もいつか、縄文人の足跡をたどる旅に出てみたいものです。
by kitanojomonjin | 2005-06-22 12:33 | 縄文 | Comments(1)