土偶の表情の不思議  2005年3月29日

三内丸山遺跡出土の大型板状土偶から、縄文人の

どんなこころを読み取ることができるのだろうか。

1998年11月大阪の太融寺というお寺で、縄文の集まりが

あった。(縄文塾という集まりで、これまで50回以上

開かれてきた。詳しくは、いずれ)

その時、民俗学者の小松和彦さんは、土偶について、

興味深いお話をされた。

  「三内丸山からいろいろな土偶が出てきますね。
  人間の顔のような、しかし人間の顔ではないような、
  みんな口を開けて、死ぬ直前の叫び声のような
  表情をした、絶叫しているような顔があります。
  ああいうようなものの中に、ひょっとしたら
  私たちの先祖が鬼とよんでいたようなものに
  相当するものがある可能性はあります。
  そういう眼を持ってみていくと、鬼的なもの、
  魔的なもの、まがまがしいものを表現することに
  よって、それから逃れることのできるような、
  そういう祭祀はあったのではないか。
  ですから、土偶が何のために作られていたかを
  見ていくときに、よい神様ばかりではなくて
  悪い神様もいたはずだというまなざしも必要になって
  くるのではないかという気がします。」
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(写真提供 NPO法人 三内丸山縄文発信の会)
国立民族学博物館の小山修三さんは、さらに

興味深い仮説を語ってくれた。

  「私は、土偶は面を被っているという仮説をもって
  おります。縄文時代は、たくさん面が出ているんです。
  三内丸山の土偶の顔を見ても、横から見ると
  角ばった出っ張りが付いているものがあって
  面をかぶっていることがわかります。
  面をかぶれば、何にでも簡単に化けられますからね。」

   
土偶の表情を、生を超越した、生と死のはざまと見るのか

仮面と見るのか意見のわかれるところである。

いずれにしても、そこには、感情のたかまりが頂点に

達した時のほうけたような無表情さえ読み取れる。

その無表情には、能面のように、悪の神の表情も

善の神の表情も併せ持っていたかもしれない。

その際、小松先生の次の発言が、ひとつの示唆を

与えてくれる。

  「採集狩猟民の社会で、シャーマンといわれる
  人たちは、常に病気を治したり、作物だとか
  天候だとかをコントロールするような能力を持ち、
  神々の世界との中で、よい神様と悪い神様とを
  分けていたわけです。おそらくそういうものを
  造形しただろう。」

ひょっとしたら、この土偶の表情は、そうしたシャーマンの

祈祷のときの表情を写し取ったものかもしれない。


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by kitanojomonjin | 2005-03-28 17:20 | 縄文 | Comments(0)