ハッカの絆 2009年8月12日

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旅先で見た「Hokkaido」というJR北海道の

フリーペーパーで、「ハッカの絆」という興味深い

特集をやっていた。

北海道の北見は、日本のハッカ生産の一大拠点である。

そこにある「ピアソン記念館」と言う洋館の設計者が

長い間謎だった。

1914年(大正3年)建築のこの建物の設計者が

わかったのは、1995年、81年後のことだった。

設計者は、ウイリアム・メレル・ヴォーリス。

彼と北見のハッカとの結びつきは、ひょんなきっかけだった。

ウイリアム・メレル・ヴォーリスは、滋賀の近江八幡で

キリスト教の伝道活動をした。

その資金稼ぎとして、メンソレータムの製造販売もしていた。

メンソレータムの開発者であるアメリカの

実業家A.A.ハイドが、

「日本から輸入したハッカで作った薬だから、

日本での君の伝道に役立てなさい」と製造販売を

ウイリアム・メレル・ヴォーリスに許可したというのである。

まさに、ハッカの絆である。


のちに、ウイリアム・メレル・ヴォーリスは、建築にもかかわる。

日本中に分布するかれの設計になる西洋建築は、

宣教師の夏の避暑地だった軽井沢での交友が

もとになっているという。

ピアソン記念館もこうしたつながりで、

北見に建築されたと見られる。

ハッカの絆とともに、明治大正期の軽井沢ネットワークも

恐るべしである。

(ヴォーリスについては、たまたま6月16日のブログでも紹介した。)


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by kitanojomonjin | 2009-08-12 11:59 | 旅の街角から | Comments(0)